2018年12月29日土曜日

見ようとせんと見えぬもの

昔々のお話です。

なんでも解決してしまう和尚がおりました。

ある日のこと、女性が悩みがあると相談に来ました。

「毎日毎日、悪いことだらけ。いいことが起こらないのです」

「ほう」

と、和尚はうなずいてから、笑顔で言いました。

「そうですか、ではどのようなことが起きているのですか」

「はい、田植えをしたら、水害にあい、夏は家に雷が落ちました」

「ほうほう」

「水害を逃れて無事だった畑は、日照り続きで枯れてしまい、
 昨年収穫した米は年貢に取られ、とうとう食べるものが
 無くなりました」

「ほう、それはいけませんねぇ、よし、この寺に来たら
 いつでも生きていけるだけの食料をやろう」

「えっ、」

女性は驚いた表情をしたあと、

「あ、ありがとうございます」

と、頭を下げました。

「悩み事は解決じゃな」

和尚は満面な笑みを浮かべて言いました。

すると女性は慌てた口調で、

「いいえ、悩み事は解決していません」

「なんでじゃ、食いもんはやろうといっているではないか」

「いや、そうですが……」

女性は困った表情で、

「毎日、いいことが起こらないという悩みが、
 いっこうに解決しておりません」

「そうか」

和尚は笑顔で頷きました。

そして、少し姿勢を正してから言いました。

「でもあれじゃなぁ、毎日いいことが起こらないというのは、
 ちと、違うような気がするなぁ」

「は?」

女性はとぼけた返事をしました。

和尚は構わず続けて言いました。

「失礼じゃが、わしにはあなたが毎日いいことが
 起こっていないとは思えないのじゃがなぁ」

「えっ」

驚いた女性は、

「いや、先ほども申した通り、悪いことばかりが起きています。
 それとも、私が話したことが、ウソだとおっしゃるのですか」

和尚は首を左右に振ってから、

「ウソだとは言っておらん、悪いことが立て続けに起きて
 それは、それは、さぞ辛かったであろう」

「はぁ、ではなぜ、いいことが起こっていないとは、
 思えないのでございますか?」

女性が不思議そうにそうたずねると、和尚は笑顔で言いました。

「あなたは今日、ここへは、どこからおこしになったのじゃ?」

「えっ、自分の家からですが」

そう答える女性に、和尚は大きく頷きながら、

「であろう、すると、あなたには住める家がある。
 雷が落ちたにも拘わらず、だ。
 雷が落ちなくても、家が無くて外で寝ている者は
 多くいるのにじゃ」

「はぁ」

女性は、首を傾げましたが、和尚は話を続けます。

「それにじゃ、田んぼに植えた苗がダメになるほどの
 水害に合ったのに、あなたはこうして生きているではないか
 水害で家共々命を落とした者も多いであろう」

「えぇ、まぁ……」

和尚はされらに続けます。

「ここに来る道中、山賊に襲われなかったことは
 いいことではないのか?
 食べるものが無くて困っていたら、寺で食料がもらえる
 ようになったことはいいことではないのか?」

「い、い、いや、それは、」

和尚に、いいように言いくるめられそうになったので、
女性は慌てて反論しようとしました。

すると和尚は、

「では、話を変えようではないか」

と、とぼけた口調で言いました。

「はぁ……」

女性は、この寺に相談に来たのは間違えだったかも知れない、
と、思っているような表情で和尚を見つめていました。

そんな女性の視線にはおかまいなく、和尚は話を始めました。

「あなたは、好きなものがありますか?」

「好きなもの?」

不意をつく和尚の質問に女性は一瞬、あっけに取られました。

そして、しばらく考えてから、

「食べること、ですかね……」

「ほうほう、食べることですか、それはよいことだ。
 他には?」

「他には……」

女性は少し考えてから、

「景色を眺めることとか……ですかねぇ」

「ほう、景色」

和尚は少し驚いた表情をしてから、

「では、山登りなどもお好きかな?」

和尚の言葉に、女性は少し明るい表情になって、

「あぁぁ、好きです、好きです」

と、うなずきながら答えました。

「では、富士山には登ったことはあるかな」

和尚がそう尋ねると、女性は明るい表情のまま、

「はい、何回か、お正月に登ったことがあります」

「ほう、ご来朝か?」

「はい、初日の出を見るのが大好きです」

「そうか、そうか、初日の出が好きですか」

「はい!」

と、少し力強く返事をする女性に、和尚は笑顔で頷きました。

そして、

「では、富士山から初日の出を眺めているときに、
 この寺も見えたであろう」

「は?」

明るい表情をしていた女性の顔が、
みるみる素に戻っていきました。

和尚は表情一つ変えず、
女性の答えを待っていたので、しかたなく、

「あっ、あのぉ……見えるはずがありませんが……」

と、困りながら答えました。

「えっ、それは変ですねぇ」

と、和尚は驚いたように言って、徐に立ち上がり、
障子に近づいていき、サッ、と勢いよく開きました。

「どうです、この寺からは富士山が見えるのです。
 立派なもんでしょう」

「はぁ、そうですねぇ……」

女性は障子の向う側にうっすらと見える富士山を
眺めているようでした。

和尚は言いました。

「この寺は富士山から見ると東の方向じゃ。
 だからこの寺からは、初日の出の日射しを浴びている、
 橙色した富士山を見ることができる」

「はぁ、そうですか……」

「ここからはしっかり富士山は見えているのじゃから、
 富士山からもこの寺が見えるはずだとは思いませんか?
 初日の出を浴びているこの寺が見えるはずじゃ」

「いゃ、そうですね……」

と、女性は明らかに困った口調で、

「でも、確かに見える方向にはありますが、
 この寺は小さすぎて、富士山からは見えないかと……」

和尚はすかさず、

「大きさは関係ない。こちらから見えるのだから、
 絶対に富士山からも見えるのはずじゃ」

そう言ってから、女性の顔を見つめ、
右手の人さし指を突き上げて、

「でも、見えないのだとしたら、
 理由はただ一つだけじゃ」

そして右手の五本の指を閉じ、指し示すように、
女性に向けながらこう言いました。

「あなたが、この寺を見ようとしていなかった。
 それだけじゃ」

「・・・・・・」

女性は、なにも言えないようでした。

和尚は続けます。

「目をこらして見れば見えるかもしれない。
 南蛮から伝わる望遠鏡を使えば見えるかもしれない。
 その時々、見えない理由はあるかもしれないが、
 そこに存在する以上、見ようと思えば必ず見えるのじゃ」

そして和尚は、女性に少し近づきました。

「ただし、見ようとしなければ、絶対に見ることはできん。
 あなたがおっしゃる通り、この寺は、大変小さいからな」

和尚は障子の外を眺めました。

「富士山は大きい、だからこの寺から見ようと思えば、
 いつだって、すぐにでも見ることができる。
 しかし、」

和尚は“サーッ”と障子を閉めました。

「見ようとしなければ、こうして富士山でさえ、
 見えなくすることはできるのじゃ」

静かにそう言うと、和尚はもとの位置に歩いて行き、
腰を降ろしました。

そして、諭すような穏やかな表情で言いました。

「世の中、良い面、悪い面、どちらも必ずあるもんだ。
 悪い面ばかり見ていると、辛いだけだとは思わぬか?」

女性は何も言いませんでした。

和尚は続けます。

「良い面だけ見て悪い面は隠せと言っておるのではないぞ、
 いくら隠したところで、あの障子の向うに富士山が
 存在するのは変わらない。
 そうではなく」

和尚はももの辺りポンと叩いてから、

「どちらに注目して生きるかじゃ」

一瞬、女性の頬のあたりがピクリと動きました。

和尚は最後にこう綴りました。

「両面あるのに、わざわざ悪い面ばかりに注目して、
 悩み苦しむのは、もったいないとは思わぬか」

和尚の話を黙って聴いていた女性は、
消え入りそうな声で、言いました。

「………なるほど…」

和尚はニコリと笑顔を浮かべ、優しい口調で、

「しばらくこの寺へ通えばよい。食事もやろう。
 何度でも教えてやろう。徐々に、理解すればそれでよい」

と、言うと、女性は少し明るい口調で「また来ます」と言い、
深々と頭を下げて帰っていきました。

和尚は女性を見送ると、障子を開けました。

そこには、いつもと変わらない富士の姿がありました。


おしまい。


今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集
『 大きさが違う 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/kobanashi/07/03.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



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