※童話の更新は週1回(だいたい土曜日の夜)です(^0^)/

≫≫≫ ☆ もくじ ☆ ≪≪≪

2018年10月13日土曜日

少年が思った良かったこと

昔々の話です。

ある村にとても臆病な少年が住んでいました。

体はとても小さく、いつもビクビクしていて、
まるで小動物のようです。

特に、大きな音が嫌いで、大きな音がすると、
体を大きくのけぞらし、「うわーっ!!!」と、
大きな音に負けないくらい、大きな声を上げてしまいます。

周りの人たちは、そんな少年をからかうことが大好きで、
道を歩いていると、すれ違いざまに「コラッ!!」と
大声を浴びせ、その度に「うわーっ!!!」と大声を
上げて、体をのけぞらせていました。

そんなものだから、少年は、家で、膝を抱え耳をふさいで、
あまり外に出なくなりました。

そんなある日のことです。

村の子どもたちが集まって、山に出かけ、一晩泊まって、
交流を深めるという、少年にとっては、いい迷惑な催しが
行なわれることになりました。

少年は、断固いきたくない! と親に訴えましたが、
なんの効果もなく、参加させられてしまいました。

当日、広場に集められた村の子どもたちは、引率の
大人たちに連れられ、山に向かって歩き出しました。

少年は、なるべく人と拘わらないようにと、
列の一番後ろを歩いていました。

すると、当然、ちょっかいを出してくる子供がいて、
「それ!」と、虫を投げられたり、後ろから静かに
近寄られ「うわっ!」と大声を掛けられたりしました。

その度に少年は、「うわーーーー!!!」と大声を出し、
周りの子供たちは、大いに笑い喜びました。

ただでさえ山登りはしんどいのに、そんな状況ですから、
頂上に着いたとき少年は、グッタリと疲れ果てて
しまいました。

頂上には、緑の草原が広がり、ところどころに、
背の高い木が生えていて、草原を囲むように、
宿泊できる小屋が何個か建っていました。

それぞれの小屋に、子どもたちが数人ずつで宿泊する
ことになっています。

しかし、まだ誰と誰が宿泊するのか、
子どもたちは知らされていませんでした。

引率している大人たちが、今から発表します。

子どもたちは誰と宿泊することになるのか、
気になって、ワイワイと大はしゃぎです。

誰とも宿泊なんてしたくない少年は、
退屈そうにはしゃぐ他の子の姿を眺めていました。

やがて、宿泊する小屋が決まりました。

少年と同じ小屋になると分かった子どもたちが、
決まった瞬間に、どんな声を発したかなんて、
そんな分かり切ったこと、少年には興味がありませんせした。

少年は、言われた小屋に向かいました。

「よろしく」

と、少年は同じ小屋に入って行く子どもたちに向かって
声をかけてみましたが、無視をされました。

少年にとっては、無視をされるのは良いことでした。

突然、1人の子どもが、なんの前触れもなく、
少年の方を向いて、大声で、

「よろしく!!!!!」

と、肩を叩いて来たので、

「うわわわわわぁー!!!」

少年は床に倒れ、転げるように怖がりました。

笑う子どもたちの顔を見て、少年は泣き出したい
気分になりました。

これなら、無視をされる方が、まだましです。

小屋には窓がなく、出入り口の扉を閉めると、
明かりを灯さないと真っ暗でなにも見えない感じでした。

小屋に荷物を置くと、すぐにお昼を作る時間になりました。

みんなで食材を家から持ち寄って、
料理をすることになっています。

少年も食材を持って料理に参加しましたが、
いちいち驚かされ、その度、激しく驚いてしまい、
料理どころではなく、なにをやっているのか
さっぱり分からない状態で時間は過ぎていきました。

お昼ご飯が出来上がり、みんなで食べることになりました。

少年は、自分の食べる分の食事を持って、
みんなと少し離れた切り株に座りました。

山の上で、1人で落ち着いて食べる食事はとても美味しく、
今日初めての安らぎを感じることました。

食事が終わり、ボーっしていると、

“ゴロゴロゴロー”

少年の肩が、ビクッ、と飛び跳ねました。

遠くのほうで、雷の音がなったのです。

山の天気は変わりやすいので、

「よしみんな、雨が降ってくる前に、
 片づけて、小屋へ避難しろ!」

引率の大人たちが叫び、
子どもたちが片づけを始めました。

少年は、子どもたちに近づき、
片づけを手伝おうとしました。

“ゴロゴロゴロゴロゴロー!!”

さっきより大きな音がしたので、少年は思わず
頭を抱えて、うずくまってしまいました。

「なんだコイツ、雷もダメか!!」

小屋の中で、肩を叩いて驚かせた子どもが、
また。こちらを見て笑っていました。

少年は片づけを手伝おうと立ち上がりましたが、

“ゴロゴロゴロゴロゴロー!!”

と、音がする度に、頭を抱えてしまうので、
みんなから邪魔者扱いをされるようになってしまいました。

やがて、ポタン、ポタン、と雨が降って来ました。

「それ、みんな小屋に入れ!」

引率の大人たちが叫ぶので、子どもたちはいっせいに、
自分たちの小屋に向かって走り出しました。

少年も小屋に向かって走り出しましたが、

“ゴロゴロゴロゴロゴロー!!”

雷がなる度に、頭を抱えうずくまり、なかなか小屋に
近づくことができませんでした。

そうこうしているうちに、雨は、激しく降ってきました。

ほとんどの子どもたちは、もう、小屋に入っていて、
姿が見えませんでした。

大人たちの姿も見えません。

少年も慌てて小屋に向かいました。

そして、小屋の扉に手をかけましたが、
扉は開きませんでした。

押しても引いても開きません。

「開けてよ!!」

扉を、“ドンドン”と叩いて叫びますが、
扉はびくりとも動きませんでした。

雨はどんどん強くなってきます。

“ゴロゴロゴロゴロゴロー!!”

雷がなり、少年はうずくまりました。

立ち上がった少年は、隣の小屋に向かって走り出しました。

“ドンドンドン”

「開けてー!」

と、叫びますが、扉は開きませんでした。

少年は、何個か小屋の扉を叩きましたが、
どの扉も固く閉ざされていて、開きませんでした。

少年の体は、びしょぬれでした。

雨が激しく降り続ているので、とにかく雨を防ごうと、
少年は、近くの木の下に走りました。

木の下は少しは雨がふせげました。

少年は膝を抱え座りましたが、びしょぬれの寒さと
雷の怖さで、体は震え続けました。

“ゴロゴロゴロゴロゴロー!!”

少年は頭を膝につけ、腕で耳の周りを抑えつけました。

その時です、少年の耳にとてつもない音が入ってきました。

“ビシャ!ビシャ!ズドドドドドーン!!!!!”

物凄い音とともに、空気の振動のようなものが、
少年に伝わって来ました。

少年は思わず顔を上げました。

すると、草原を挟んだ少し離れたところに生えていた
木から煙が上がっているのが見えました。

「雷が、落ちた?」

少年の体の震えは、激しくなりました。

手や足や唇や目や、動くところは
全部震えているような感覚です。

「このままここにいたら、ここにも落ちるかもしれない」

少年はパニック寸前でした。

ここにいたら雷が落ちる。

でも、小屋には入れてもらえない。

雨はさらに激しさを増して降り続いています。

少年は、震える体を押えることもできず、
ただうずくまっているしかありませんでした。

その時、

“バリバリバリビシャ!ビシャ!
 ズドドドドドドドドドドドドドドーン!!!!!”

と、物凄い音とともに、少年のいる木のすぐそばの木に
雷がおちました。

少年の体は、ひとりでに反応しました。

立ち上がると、雨が激しく降る草原に飛び出しました。

頭を低くした姿勢で全力で走り、草原のまん中くらいまで
来ると、大の字になって仰向けに寝っ転がりました。

「もうー、どうにでもなれ!!!」

少年はそう叫ぶと、目をギュッと閉じました。

顔やお腹や足に、痛さを感じるほど雨が激しく当たります。

でも、こうしている方が、木の下にいるよりも、
雷から逃げられることを少年は知っていました。

それでも、怖くて、怖くて、仕方ありません。

“ズドドドドドーン!!”
“ビシャ!ビシャ!ビシャ!ビシャ”
“バリバリバリバリバリバリーーー!!!”

周りで雷が激しく鳴り響き、何個も近くに
落ちているようでした。

少年は固く目を瞑り、雨を全身に受けながら、
怖いのを我慢して、歯を食いしばり、
耐えて、耐えて、耐え続けました。


そのまま、どのくらいの時間が経ったのでしょう。

少年は、仰向けで大の字になって寝ていたので、
いつの間かに、眠っていたようです。

気が付くと、雨は上がり、
雷の音も聞えなくなっていました。

太陽の日差しを感じながら、少年はゆっくりと
目を開けました。

すると、さっきまでの雨がウソのように晴れわたった
青空が見えました。

青空を、ボーっと眺めていると、子どもの顔が現れました。

1つ、2つと増えていき、大人の顔も交じってきました。

少年が、体を起こすと、

「無事か、よかったなぁ」

と、大人に声をかけられました。

「すごい、あんな雨と雷の中、外にいて1人でいて、
 無事でいられたなんて」

子どもたちからも、声をかけられました。

少年は体をひねり、周りを見ると、
1つの小屋が丸焦げになっているのが見えました。

「おまえが泊まるはずだった小屋だ、雷が落ちて、
 中にいた子たちは無事だったが、あの通りだ」

こげた小屋から離れた場所で、一緒に泊まるはずだった
子どもたちが膝を抱えて座り込み、体を寄せ合って
震えていました。

少年は、もう1つに目を向けました。

自分が身をひそめていた木を見て、
目は丸くなり、そして釘付けになりました。

まん中に雷が落ちたのか、見事なくらいに
真っ二つに裂かれていました。

裂かれた部分は真っ黒に焦げています。

あの根元の辺りに、自分は座っていたのです。

「さぁ、小屋に泊まることは中止だ、帰ろう」

そう促されても少年は、裂けて真っ黒に焦げている木から、
目を離すことができませんでした。


少年は、この経験によって、少しは臆病でなくなりました。

まだ、大きな音がするとビックリしてしまいますが、
以前のように、体を大きくのけぞらせたりは、
しなくなりました。

雷がなっても、肩を少しすぼめるくらいで、
頭を抱えてうずくまることも無くなりました。

そんな状態ですから、少年を驚かせて喜ぶ子どもたちは、
すっかり、いなくなりました。

それが、少年にとって、なによりも良かったことでした。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 どうでも、しやぁがれ 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/kobanashi/06/20.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



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2018年10月8日月曜日

私の大切なその笑顔[前編]

「あー、もう、また『むすみこぶ』よ!」

と、イライザは糸を引きちぎって、床に捨てました。

「もー、糸紡ぎなんてめんどくさいー!」

イライザは、ブロンドの髪を振り乱しながら叫びました。

「イライザ様、そんなこと言わずに、結婚式までには、
 立派に糸紡ぎができるようにならないと、
 奥様に、また怒鳴られちゃいますよ」

と、同い年のサラは、イライザが捨てた、
むすびこぶがついている糸を拾いながら言いました。

「そんなこと分かってるわよ。あなたは私の世話係の
 分際で、よくそんな脅しのようなこと言えるわね」

「世話係だから言うのです。だって、いっつもいっつも、
 イライザ様は奥様に怒鳴られているんですもの、
 怒鳴られているイライザ様の姿を見ると、
 私は不憫で不憫でなりません」

サラは悲しい顔をしながら言いました。

「もう、そんなこと言って、イヤなこと思い出させない
 でよ」

イライザは不愉快そうに唇を真っすぐに閉じ、
腕を組んでサラを睨みました。

イライザの世話係としてサラが、この家に雇われるように
なって五年が経ちました。

イライザからするとサラは世話係として親がやとっている
召使ですが、歳が同じということもあり、
話しやすい存在でした。

腕を組んでサラを見ていたイライザは、サラが糸を持って
いることに気づきました。

「また私が捨てた糸を拾ってる。そんなの
 捨てちゃいなさいよ」

「なにを仰るのですか! こんな立派な糸、捨てるなんて
 もったいない。キレイに紡ぎ直せば、立派に使えますわ」

「あら、そうなの! まぁ、好きにしなさい」

と、イライザは言ってから、糸を紡ぐ道具の前に坐り直し、
糸を紡ぎ始めました。

そして、糸を紡ぐ道具を回しながら、

「まったくぅ、なんで糸紡ぎができないと
 結婚ができないのよ!」

と、ブツブツ文句を言い出しました。

「それは、花嫁のたしなみというものでございますわ」

と、サラが言ったので、イライザは“キリッ”と、
強い視線を送りました。

サラは後ろに束ねた黒髪が前に来るくらい勢いよく、
お辞儀をして、背を向けて部屋を出て行きました。

一人残されたイライザは、ブツブツと言いながら、
糸紡ぎを回しました。


時はたち、その日はイライザの婚約者がやってきて、
家でパーティを開くことになっていました。

イライザは、一番の豪華でキレイな衣装に身を包み、
婚約者を迎える準備をしていました。

そこへ、サラがニコニコした笑顔でやって来ました。

「イライザ様、見てください」

と言って、くるりと身を翻したサラは、いつもの世話係の
服装ではなく、赤いワンピースを身につけていました。

「あら、オシャレじゃないのサラ」

「ありがとうございます! 今日はパーティですからね、フフフ」

と、サラは嬉しそうに笑ったあと、

「実はコレ、イライザ様が捨てた糸を紡いで
 作ったんですよ」

「え!」

イライザは驚いて、サラに近づき、ワンピースの
スカートの辺りの生地を摘みました。

「なによ、良くできてるじゃない、器用ねぇ……」

「おほめいただき、光栄です、フフフフフ」

ご機嫌のサラを見てイライザは分かりました。

「ははーん、あなた、今日のパーティに、
 例の彼氏を呼んだわね」

「あっ、ばれちゃいました~ぁ」

と、サラは隠し切れず、嬉しさがあふれ出した顔で、
肩をすぼめておどけた仕草をしました。

「あー、あー、お熱いことで」

「イライザ様に負けていられませんわ」

「あんたねぇ」

と、イライザは何か言ってやろうとしましたが、
楽しそうなサラの顔を見ると、なにも言う気になれません
でした。

そして二人はパーティ会場に行きました。

会場には、家族や親戚のほか、街の役人や財界の人など、
たくさんの人が、思い思いに歓談していました、

イライザは婚約者に近づいて行くと、サラは静かに離れ、
どこかへ行ってしまいました。

「今日は、一段とおめかしして、キレイだね」

婚約者は笑顔で言いました。

大好きなステキな笑顔を向けられたイライザは、
少し顔を赤らめながら、

「あら、アナタこそ、ステキな装いで見違えたわ」

「見違えたって、それはいい意味? 悪い意味?」

「もう、いい意味に決まってるでしょ」

二人は笑いました。

やがてパーティの始まりとともに、イライザと婚約者が
会場にいる来客者に紹介されました。

一通り紹介が終わると、来客者は、食べ物や
飲み物を手に取り歓談を再開しました。

イライザと婚約者は、肩を並べて来客者の元へ歩みより、
一人一人と談笑して回りました。

「イライザ様、お疲れではありませんか」

人との会話が途切れて一人になったタイミングで、
いつの間にか近くにいたサラに声をかけられました。

「えぇ、平気……」

と言ってからイライザはサラの耳元に顔を近づけて、
小声で、

「ちょっとだけ、疲れたわ」

と、言いました。

サラはなにも言わず、ニコッと笑っていました。

その笑顔を見てイライザは、

「ハイハイ、言わなくても分かるわよ、
 私のパーティだものね、楽しまないとね」

「ハイ!」

サラは笑顔のまま返事をすると、頭を下げて
離れていきました。

「おや、どなたかな?」

サラを見送っていると婚約者に声をかけられました。

「あぁ、あの子は私の世話役をしてる子よ」

「へぇ、可愛らしい子だね……」

婚約者は食い入るような目で、サラを追いかけていました。

(ちょっと、婚約者を目の前にして、他の女を
 目で追うなんてどういうことよ)

おもしろくないイライザは、思わずこんな嫌味を
言ってしまいました。

「あの子の服を見て、あれね、私が捨てた糸を
 わざわざ拾って作った服なのよ、
 みっともないったらありゃしないわよ」

嫌味を言ったつもりでしたが、婚約者の反応は違いました。

「へぇ、それは立派な人だ……」

婚約者は、うっとりとした目をして言いました。

(なに、なんなのよ!!)

イライザは訳が分からずイライラしました。

その時、パーティの司会者の声がしました。

「では皆さま、今から音楽を流します。
 ダンスを楽しみましょう!」

会場内にゆったりとした音楽が流れてきました。

イライザは気を取り直して、

「踊ってくださる?」

と、婚約者に手を差しだすと、

「わたくしめで良ければ喜んで」

婚約者は優しく手を取ってくれ、
いつものステキな笑顔を向けてくれました。

(良かった~)

と、イライザは、婚約者の胸の辺りに視線を送り、
幸せを感じながら踊り始めました。

しばらくして、チラッと、婚約者の顔を見ました。

婚約者の目は、明らかに何かを探しているようでした。

イライザの視線を感じたのか、婚約者が目を合わせて
きたので、イライザは慌てて目をそらしました。

そんな気まずい思いで静かに踊っていると、
流れていた曲が止まり、今度は速いテンポの曲が流れ
始めました。

すると静かに踊っていた人たちが一斉に、
リズムに合わせて激しく踊り出しました。

少し戸惑っているイライザは、婚約者を見ました。

婚約者の視線が、一点にくぎ付けになっていました。

視線の先には、楽しそうな顔をして踊っている
サラの姿がありました。

彼氏と向き合って赤いワンピースを翻して踊っている
サラは、とても楽しそうで、とてもキラキラしていました。

周りの人たちにもそれが伝わったのか、サラたち二人を
囲むように、少しスペースが空いて、楽しそうに踊る
二人を眺めているようでした。

イライザも楽しそうに踊るサラの姿に見とれていました。

「失礼、」

と、頭の上から声がしたかと思うと、サラを見ていた視線
の中に、婚約者の背中が現れました。

その背中は、自分から離れていきます。

イライザは、離れていく婚約者の背中を、
ただ黙って見つめるしかできませんでした。


[後編]へつづく……


私の大切なその笑顔[後編]

[前編]はコチラから



やがて婚約者は、楽しく踊っているサラの腕を、
おもむろにつかみました。

ビックリした表情でサラが振り向くと、婚約者は、
いきなりひざまずきました。

そしてサラを見つめながら、

「私と踊ってくれませんか?」

「えっ」

と、小さく声を出したサラは、困惑そうな表情を
浮かべながら、イライザに視線を送ってきました。

サラと目が合ったイライザでしたが、
なんの反応もできません。

なにが起こっているかも分からず、
頭の中がぐちゃぐちゃに混乱していました。

周りにいた数人はその異様な光景に気付きましたが、
ほとんどの人は気付かずに踊っていました。

困惑した口調で、サラは言いました。

「な、なんの御冗談でしょうか」

「冗談なんかじゃありません。私と踊って
 くださいませんか?」

「なにを仰いますか、アナタはイライザ様の婚約者です。
 私なんぞがお相手なんてめっそうもございません」

「いえ、私はあなたと踊りたいのです」

婚約者は、顔を上げてしっかりとサラの目を
見ているようでした。

その顔には、きっとあの笑顔が浮かんでいると、
イライザは想像しました。

サラは、なおも困惑した顔で、

「あ、いえ、私には恐れ多いです、それに、
 私には踊る相手がおりますし……」

婚約者は、サラの彼になど目も向けず、ただ一点、
サラの顔を見て、

「そんなのは関係ありません。私と踊りましょう」

困惑していたサラの顔が、キリッと、険しくなったのを、
イライザは見逃しませんでした。

サラは、きっちりとした通る声で言いました。

「あなたは何を仰っているのですか?
 あなたはイライザ様の婚約者ではないのですか」

すると婚約者は耳を疑うような声を口に出しました。

「あなたと踊れるなら、婚約は解消してもいい」

「な、なんですって!」

イライザの前で、サラの顔は、笑ってないときでも、
いつもにこやかで、厳しいことを言ってくるときでも、
とても穏やかな表情でした。

そんなサラの表情に、イライザはずっと癒されてきました。

今、目線の先に写るサラの表情は、今まで、一度だって
見たことがない表情でした。

「あなたね!!」

サラは激しく怒りの叫び声を上げました。

イライザは、いつの間にかに歩き出していました。

あっという間に背中を向けてひざまずいている婚約者に
近づくと、両手を伸ばし、婚約者の肩を思いっきり掴み、
振り返らせました。

婚約者は振り返り、醜いものを見てしまったかのような
ひどい顔をしながら立ち上がりました。

イライザは、かんぱつ入れずに、右手を力いっぱい
握りしめ、思いっきり婚約者の左の頬に打ち込みました。

イライザの放ったパンチで、派手に倒れる婚約者の
姿を見て、踊っていた周りの人も、タダならぬ気配に
気付き、やがて音楽も止まりました。

会場は静寂に包まれました。

床に倒れ、左の頬を押えている婚約者に、
イライザは叫び声を浴びせました。

「私の大切な人を、困らせないで!!」

興奮していたイライザは、その後の記憶は、
あまりありませんでした。

司会者がパーティの終了を宣言したようにうっすらと
覚えている程度です。

婚約者が、「ちょっとした冗談だよ」と、醜い笑顔を
浮かべて言っていたことが、記憶のすみっこに
ありましたが、定かではありませんでした。

気が付くとサラに両肩を抱かれ、自分の部屋の椅子に
座らされていました。

サラが部屋の扉を閉め、厳重にカギをかけたことが
分かりました。

悲痛な表情を浮かべたサラが近寄って来ました。

「申し訳ございません」

黒髪を乱して頭を下げるサラに、

「なんであなたが謝るの」

イライザは冷静な気持で言いました。

「私は身分もかえりみずはしゃぎすぎました」

「なに言ってるのよ、あなたは悪くないわよ」

「でも……」

と、申し訳なさそうに言うサラにイライザは、

「悪くないって、言ってるでしょう!!!」

と、怒鳴ってしまいました。

恐縮するサラにイライザは、

「ごめん、怒鳴るつもりはなかったの」

「謝らないでください」

と、頭を下げるサラに、

「あなたも、もう、謝らないで」

イライザは微笑みながら、サラの腕に優しく手を当て、

「握られて、痛くなかった?」

「ハイ、弱弱しく握られたので、逆にビックリしました」

と、サラが楽しそうに言うので、二人は大笑いしました。

「でも、イライザ様のパンチ、すごかったです!
 スカッとしました!」

「あ、そう言えば右手が痛い」

「あーっ、大丈夫ですか、今、氷と薬もって来ます」

と、慌てて出て行こうとするサラに、
イライザは言いました。

「今度……」

「なんです?」

ふり返るさらに、イライザは目線をそらして、
囁くように言いました。

「今度、糸の紡ぎかた、教えてくれるかな」

恥ずかしくて、顔は見れなかったけど、

「ハイ!」

きっと笑顔なんだろうなぁ、と分かる返事が
返って来ました。

イライザがサラの方を向くと、もう姿はなく、
扉がゆっくりと閉まるところでした。

閉まる扉を見ながら、イライザは一言呟きました。

「ごめんね」

そして、

「ありがとう」


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 むすびこぶ 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/world/06/18.htm


━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


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