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「もくじ」がちょっと新しくなったよ

2018年6月2日土曜日

私が好きな歌[前編]

昔々、ある村に歌を歌うことが大好きな
セリーヌという名の女性がいました。

家に帰って来ては、誰もいない部屋で、
好きな歌を、好きなだけ気持よく歌っていました。

歌うたびにセリーヌは思っていました。

(なんて、あたしは歌が上手いのでしょう)

キレイな声で奏でられる歌は、部屋中に響き渡り、
他の誰の歌声よりも心地よく、心に響く感じがしていました。

(もしかしたら、あたしは歌手にだってなれるかもしれない)

そんな思いが心の中にやどるようになっていきました。

しかしセリーヌは恥ずかしがり屋さんで、
今まで一度も歌声を人に聞かせたことがありませんでした。

(みんなが、あたしの歌声を聞いたら、
 どんな反応をするのだろう)

そう思う彼女には、試してみたいと思っていることがありました。

街では、定期的に歌自慢が集まって
歌を披露する大会があるのです。

恥ずかしがり屋のセリーヌにとって、
おおぜいの前で歌うなど考えられないことで、
今まで出たいと思ったことなどありませんでした。

しかし、自分は歌が上手いと思うようになってからは、
大会に出てみたいと思う気持ちが強くなりました。

その思いは日に日に大きくなり、何度も大会の申し込みに
いこうとするのですが、直前になると、
どうしても怖くなってやめてしまうのです。

次の大会も近づいてきています。

申し込みの締め切りは、今日の夕方まです。

(今度こそは)

セリーヌは少し気合いを入れて、
大会の申し込みにでかけました。

(あー、緊張する~)

足を震わせながらも、今回は気合いを入れたかいあって
なんとか申し込むことができました。

(ふー、申し込んじゃった!)

しかし。申し込めたのはよかったのですが、
いざ申し込んでしまうと、

(人の前で歌うのかー)

と違うドキドキが心の中に生まれてしまいました。

それからというもの、セリーヌは今まで以上に
家にいるときは歌を歌いました。

毎日、毎日、何時間も歌い続けると、
ドンドン、歌が上手くなっていくような気がしていました。

そんな日々を過ごすうちに、
いよいよ、歌の大会の日がやってきました。

セリーヌはステージの後ろで、歌う順番を待っています。

(あー、緊張する~、でも大丈夫、
 ちゃんと練習してきたんだから)

そう自分に言い聞かせて、震える身体を
なんとか紛らわそうとしていました。

そして、ついに自分の歌う番がやってきました。

セリーヌは足を“ガクガク”と震わせながら、
ステージのまん中に立ちました。

前を見ると、たくさんの人がコチラを見ています。

たくさんの視線が体をギューっと締め付け、
絞り込まれた体中の血液が全部、
頭に集まってきているように感じました。

きっと自分の顔は、炎のように真っ赤なのだろうと思いながら
セリーヌは、観客に向けて深々とお辞儀をしました。

お辞儀を終えて姿勢を整えると、目をつむり

「ハーァッ」

大きく息を吐き出し、
そして静かに歌いはじめました。

歌い出しはバッチリでした。

今までの緊張がウソのように、気分は落ち着き、
お腹からのどを通った声は、スムーズに口から広がり、
キレイな歌声になって会場に響き渡りました。

(うん、いけてる)

家で一人で歌っているときよりも、はるかに上手に、
そして、はるかに気持ちよく歌えています。

(キモチイイー♪)

セリーヌは最高の気分を味わい、
最後まで調子を落とすことなく歌い切りました。

自分の歌の世界に入り込んでいたセリーヌは、
歌い終わってからもしばらく余韻につかっていました。

しばらくして我に返ったセリーヌの目に、
観客の姿が飛びこんできました。

観客は無言で、下を向いている人、
怖い表情でコチラを見ている人、
両手で耳をふさいでいる人もいました。

(───え?)

状況がのみ込めないセリーヌは
キョロキョロと辺りを見渡しました。

すると大会の関係者が近寄ってきて、
耳元で囁くようにいいました。

「おつかれさま。
 今度は、もうちょっと練習してから参加してね」

「え? ───えぇぇぇぇぇ!!!!!!」

セリーヌは顔を真っ赤にして、
早足でステージからおりました。

きっと歌いはじめる前などくらべものにならないほど、
顔は真っ赤になっていたことでしょう。

そのまま足を止めずに、セリーヌは自分の家まで帰ると、
強くドアを閉め、ベットに前向きのまま倒れ込みました。

(なんてこと! あたしの歌は耳をふさぎたくなるほど
 下手だったってこと!!)

自分の歌を、今まで誰にも
聴いてもらったことはありませんでした。

自分でかってに“上手い”と思い込んでいただけ。

思い込むどころか、聴いていられないくらい
下手だったなんて。

(なんてバカなの、もう外も歩けないじゃない!)

セリーヌは、恥ずかしいやら、悔しいやら、
情けないやら、悲しいやらで、
ベットに顔をうずめたまま泣きました。

泣いて泣いて、いつの間にか寝てしまい、
お昼くらいに目覚めた翌日は、
見たこともないくらい目がはれていました。

その日から、セリーヌは歌を歌わなくなりました。

あんな恥ずかしい思いをしてしまったのです。

歌おうと思っただけで、燃えるように顔が熱くなり、
あの日のイヤな思いがよみがえってくるように
なってしまいました。

セリーヌは歌わない以外は普通に生活していました。

周りの人たちから、歌のことについて
なにか言われることもありませんでした。

それが逆に、触れられないくらい、
自分の歌はひどかったのだ、と、
セリーヌは思い知らされるのでした。

そんな日々が続いたある日のことです。


[後編]へつづく……


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