※童話の更新は週1回(だいたい土曜日の夜)です(^0^)/

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2018年6月10日日曜日

どっちに向かっても

これは昔々、江戸時代のお話です。

火事と喧嘩は江戸の花、と言われるくらい、
当時の江戸は火事が多い都市でした。

そして今日も、火事が起きました。

それは、とてもとても大きな火事です。

最初は小さな住宅の火事でしたが、
運悪く北西から渇いた風が吹いてきて、
あっという間に町中に広がってしまいました。

大勢の人が家族を失い、家を失いました。

大きな都市である江戸で、これほどの大火事があると、
当然、他の町にとっても大きな問題です。

江戸で、ものを売り買いしようとしていた人は
予定を変えなければならないし、
大火事から復興するために大量の物や金、人材が必要ですから、
経済的なしわ寄せが他の町にもやって来ます。

それだけに、江戸でなにが起きているか、
他の町に住んでいる人はとても気にしています。

江戸の情報を求めている人はたくさんいました。

しかし、遠く離れた町に住んでいる人々にとっては、
江戸の情報を知ることは大変でした。

特に、江戸から遠く離れた、江戸と肩を並べるほどの大都市である
「大坂」には、すぐに江戸の情報は入って来ません。

今のようにネットやテレビも無い時代です。

情報は人が伝えなければ、どこからもやってこないのです。

そこで、江戸時代では「飛脚(ひきゃく)」と呼ばれる
情報を届ける仕事をしている人がいました。

飛脚は、今の宅配便のような人で、手紙や荷物などを
自分の足で走って届けています。

今回も、江戸で大火事が発生したこと伝える手紙を届けに、
大坂へ行くようにと、役所から依頼を受けた飛脚がいました。

飛脚は手紙を受け取ると、すぐに走り出しました。

大坂へ行く途中、品川や神奈川など、大きな宿場町に立ち寄ると、
「江戸で大火事があったんだ!」と町の人たちに伝えました。

そうやって、口頭でも広めながら大坂に向かうようにと
役所から命じられていました。

そうして江戸を出て二日たったころ、
ちょうど江戸と大坂のまん中くらいの町、
「袋井」という宿場町に到着しました。

袋井の町には、心地よい風がふいていて、
のんびりとした空気に包まれていました。

飛脚が汗をぬぐいながら空を見上げると、
ところどころに雲が浮かぶ、穏やかで
まっ青な空が広がっていました。

体を休めようと、いつも立ち寄る茶屋に入り、
席に腰を降ろそうとするとすぐに、

「おや、江戸の飛脚やないか」

と、声をかけられました。

「おぉ、そういうおめぇは、大坂の飛脚じゃねぇか!」

江戸と大坂を往復する二人は、何度かこの茶店で会うことがあり、
すっかり顔なじみになっていました。

「今日は、どんな情報をもってる?」

と聞かれた江戸の飛脚は、

「いぁ、それがなぁ、江戸で大火事があってなぁ」

と話しました。

すると、大坂から来た飛脚が驚いた表情をしながら言いました。

「それは難儀やなぁ」

「そうなんでぃ、大変なんだよ」

「いや、わしが難儀と言ったのは、そう意味やない」

と、大坂の飛脚は顔の前で手を振ってから言いました。

「その意味の難儀やなくてなぁ、
 世の中、上手くいかへんなぁ、
 という意味の難儀や」

少し首をひねりながら江戸の飛脚が、

「そりゃおめぇ、いったい、どういうこったい?」

と言うと、大坂の飛脚は少し体を寄せて、

「ここだけの話」

なぜか囁くような小さな声で続けました。

「あんな、わしが出てきたときの大坂は、
 そりゃもう、はんぱないほどの大洪水だったんや」

「大洪水! そりゃぁホントか」

「あぁ、ホンマやぁ」

前かがみで話を聞いていた江戸の飛脚は、
上体を起こし、腕を組みながら、

「するってぇと、江戸は大火事で大坂は大洪水ってことか」

「そや、なんの因果か、大坂には江戸の火事を消しても
 余るほどの水が溢れてて、えらい状況や、ちゅうわけや」

「そいつは、確かに、難儀だなぁ」

「そやろう、世の中上手くいかへんなぁ」

大坂の飛脚も腕組みしました。

そして二人とも「う~ん」と首をかしげて、
少しの間、しゃべらずにいました。

「───するってぇとぉ」

江戸の飛脚が、ひとりごとを言うように、
ボソリと言いました。

「どっちに行っても、大災害かぁ……」

「せやなぁ」

と、大坂の飛脚が答えるように、

「わしらが向かうところは、
 どちらも、悲惨(ひさん)な状態、てことやなぁ」

「う~ん……」

「しかも、悲惨なところへ、わしらは、
 別の悲惨な状況を知らせに行くんやでぇ」

「そいつは、ちーと、野暮な話だなぁ」

「あぁ、わしらは難儀で野暮な役目やでぇ」

「う~ん……」

二人の飛脚は腕を組んで、
頭を下げて少しうなだれたような格好で、
また黙ってしまいました。

黙り込んでいる二人の間を、穏やかな空気が、
さも当たり前のような自然な流れで、
通りぬけていきました。

“チュンチュン”

ふと、江戸の飛脚に鳥の鳴く声が聞こえました。

“チュンチュンチュン、チュンチュン”

大坂の飛脚にも聞こえたようで、二人は茶店の外を眺めました。

穏やかな日差しの中で、三羽の小鳥が地面の上で、
エサか何かをつついては、ちょこちょこと飛び跳ねながら
忙しなく移動している姿が見えました。

「ここは、静かだなぁ」

江戸の飛脚が言うと、

「ホンマ、静かすぎるくらいやなぁ」

と、大坂の飛脚も言いました。

一羽の小鳥が、どこからか飛んできて、
地面の上で、ちょこちょこ跳ねました。

江戸の飛脚は、いつの間にか運ばれてきた茶碗に手を伸ばし、
一口飲んでから静かに話し始めました。

「江戸と大坂とここ、みんな合わさったら、
 ちょうどいいのになぁ」

大坂の飛脚も、一口、お茶を飲んでから、

「ホンマやなぁ」

と、答え、しばらく黙ってから続けました。

「でも、それだと平凡すぎて、
 逆に、退屈かもしれへんなぁ」

「確かに、とくに気がみじけぇ江戸っ子には、
 平凡すぎるのは、がまんならねぇかもしれんなぁ」

「悲惨な状態、穏やかな状態、いろんなことがあるから、
 世の中、おもろいのかもしれへんな」

「良いも、悪いもかぁ……」

江戸の飛脚がそう言うと、お茶碗を持ったまま、
また二人は黙りました。

やがて、江戸の飛脚は残っていたお茶を“グイッ”と、
一気に飲み干すと立ち上がりました。

「まっ、とにかくオレに出来ることは、
 江戸の大火事をみんなに報せることだ!」

それを聞いた大坂の飛脚も立ち上がり、

「そやなぁ、わしも大坂の惨状をみんなに報せなあかん」

と言って、お茶を一気に飲み干しました。

「辛いこともしっかり伝える」

「悲惨なこともしっかり伝える」

「それがオレたちの仕事だ」

「せや、わしらの仕事や」

そして、二人がっちりと手を組んで、

「難儀でも気をつけて、江戸へ向かってくれ」

「自分も、野暮でも、気いつけて大坂いけや」

二人は声をかけあって、それぞれ別々の方向へ、
勢いよく走りだしました。

飛脚が急に走り出したので、驚いた道端にいた小鳥たちは
穏やかな青空に向かって、一斉に飛び上りました。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 飛脚 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/kobanashi/05/27.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



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