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「もくじ」がちょっと新しくなったよ

2018年6月30日土曜日

じいさんの風車小屋[前編]

むかし、むかしのお話です。

一面が麦畑におおわれた村がありました。

麦畑で採れた麦は、村にたくさん建っている
大きな風車のついた小屋に運ばれます。

風車の中ではゴトンゴトンと、縦に伸びた棒が上下に動き、
麦が粉になるまでこすり合わせて、パンなどの原料を
作っていました。

この村で生まれたビベットは、一面の麦畑と、
大きな風車小屋がたくさん建ち並ぶ風景を見ながら
育ちました。

ビベットのおじいさんのコルニーユじいさんは、
風車小屋に1人で住んでいました。

ビベットは幼いころ、コルニーユじいさんの風車小屋に
よく来ていました。

「風車小屋に来たなら、遊んではいられないぞ」

そう言って、コルニーユじいさんは
ビベットに風車小屋の仕事をさせました。

それがビベットには、たまらなく楽しくて、
時間があると、コルニーユじいさんの風車小屋に来ては、
仕事の手伝いをしていました。

その頃の村では、あちこちで風車が回り、ゴトンゴトンと
粉をひく音に合わせて、みんな仲良く歌を歌いながら、
楽しく暮らしていました。

しかし、村に転機が起こりました。

村の近くに、機械を使って麦を粉にする工場が
建設されたのです。

工場では、あっという間に麦を粉にしてしまいます。

その速さは、風車小屋が10日かけて作る粉の量を、
半日で作ってしまうくらいでした。

あっという間に粉にしてもらえるとあって、村の人たちは、
自分の畑で採れた麦を工場に持っていくようになりました。

麦が工場へ行ってしまうので、風車小屋にはだんだんと、
麦が集まらなくなってしまいました。

麦が集まらなくては仕事になりません。
一軒、また一軒と、次々に風車小屋は閉鎖されました。

閉鎖されると、風車小屋は取り壊され、
その場所はすぐに麦畑になりました。

時が経ち、青年になったビベットが眺める村には、
建ち並んでいた風車小屋の姿はなく、ただ一面に
麦畑が広がるだけの景色になっていました。

すっかり様変わりした村の風景のなかに、ポツンと、
時が止まったかのように、一軒だけ風車小屋がありました。

コルニーユじいさんの風車小屋です。

それは、村で最後に残った風車小屋でした。

青年になったビベットは、家の麦畑を手伝いながら、
麦ひき工場で働いていました。

今では村人の大半はビベットと同じような
生活をしていました。

ビベットは工場で働くようになってから、
コルニーユじいさんの風車小屋へは行っていませんでした。

工場はコルニーユじいさんのような風車小屋で働く人の
仕事を奪った存在です。

そこで働くことへの後ろめたさから、
コルニーユじいさんの風車小屋に、
どうしても足を運ぶことができなかったのです。

しかし、毎朝のように、工場へ向かう途中の道で、
麦の粉を入れた袋を、たくさん背中に乗せたロバをつれて
となり町へ向かうコルニーユじいさんと会っていました。

「今日も、となり町まで行くの?」

ビベットが訪ねると、コルニーユじいさんは、
目が無くなるほどに細め、満面の笑みを浮かべながら、

「あぁ、また、大量の麦を粉にしてくれと
 注文が入っているからなぁ」

「それは、大変だね」

と、ビベットが答えると、コルニーユじいさんは、

「風車小屋でひく粉で作ったパンが、一番おいしいからな」

と、ひとり言のようにつぶやき、嬉しそうな顔をして、
そのまま通り過ぎて行きました。

村では、そんなコルニーユじいさんのことが
噂になっていました。

工場ができて、他の風車小屋が無くなっているのに、
コルニーユじいさんのところだけが続けられる訳がない。
なにか、変なことでもしでかしていないといいが……。

ビベットも、その噂は気になっていました。

コルニーユじいさんは仕事があるようなことを
言っていますが、着ている服はボロボロで、
靴には穴が開いていました。

そのことをコルニーユじいさんに訪ねるのですが、

「大丈夫だ、心配ない」

との返事が、満面な笑顔とともに、
返って来るばかりでした。

そんな毎日が過ぎていたある日の朝のことです。

ビベットが工場に向かって歩いていると、
いつもコルニーユじいさんとすれ違うところに来ても、
コルニーユじいさんの姿が見えませんでした。

(おや、じいさん寝坊でもしたかな?)

と、最初は軽く考えていたビベットでしたが、
歩いても歩いても、コルニーユじいさんとすれ違うことは
ありませんでした。

そして、ついに、工場へ行く道と、コルニーユじいさんの
風車小屋へ行く道の分かれ道まで来てしまいました。


[後編]へつづく……


じいさんの風車小屋[後編]

【前編はコチラから】

このまま工場へ向かうと、今日はコルニーユじいさんに
会うことはできません。

少し考えてから、ビベットは長年足を運んでいなかった
コルニーユじいさんの風車小屋へ繋がる道を進みました。

久しぶりに通る道の周りには、黄金色になった収穫前の
麦畑が辺り一面に広がり、その先には、村で最後の一軒に
なったコルニーユじいさんの風車小屋が立っていました。

風車こそ回ってはいませんでしたが、幼きころよく見た
景色は、懐かしくもあり、しばらく来ていなかったことで、
少し心が引ける思いも感じました。

風車小屋の扉の前に立つと、ビベットは、
幼いころの記憶との違和感を覚えました。

風車小屋がとても小さく感じたのですが、
それは自分が成長したからだと分かります。

幼いころは大きく見えていても、大人になると、
そう感じなくなることは良くあります。

しかし、この小さいという感覚は
少し違うような気がしました。

年月が過ぎ去った建物は古くさび付いています。

それ以上に、存在感が小さく、風貌がこじんまりしていて、
ビベットが覚えている、楽しかった日々の、
輝きのようなものがないように感じました。

風車が回り、ゴトンゴトンと粉をひく音に合わせて
村人たちが歌っていたあの頃のキラキラとしたものが、
この風車小屋からは伝わってきません。

ビベットは違和感を覚えながらも、
何年かぶりに、その扉を開けました。

「じいさん、いるかい……、コルニーユじいさん」

何度か呼びかけてみましたが、返事はありませんでした。

ビベットは風車小屋に一歩足を踏み入れ、
もう一度呼びかけようかとしたとき、
床に倒れているコロニーユじいさんの姿が
目に飛びこんできました。

「じぃさん!!」

ビベットはすぐにコロニーユじいさんに近寄り、
上体を起こしました。

気を失っているようですが、息はしています。

「待っていろ、すぐに医者に連れてってやるからな」

ビベットはコロニーユじいさんを担ぎ上げると、
ロバがいる小屋へ向かおうとしました。

その時、近くにあったものにつまずき、
コロニーユじいさんを担いだまだ、
危うく転ぶところでした。

つまずいたものは、袋のようで、つまずいた拍子に
中のものを床にぶちまいてしまいました。

その袋には見覚えがありました。

毎朝、コロニーユじいさんとすれ違う時に
ロバに乗せている袋です。

となり町に粉を運び、帰りには小麦を入れてくる袋です。
普通は、麦か粉のどちらかが入っているはずです。

しかし、床にぶちまかれていたもの。

それは、黄金色の麦でも、白い粉でもなく、
ただの土でした。

「なぜ、この袋に土が……」

ビベットは不思議に思い、周りを見渡しました。

幼いころ、さんざん手伝ったので、風車小屋の中の状況は
すぐに把握できました。

ここには、最近、麦をひいたというあとが
まるで残っていませんでした。

家具なども、昔より減っています。

「まさか、じいさん。麦を仕入れてるなんて、
 ウソだったのか!」

そう叫んだビベットは、コロニーユじいさんを担ぎ直すと、
ロバのところへ走っていき、コロニーユじいさんを乗せ、
いちもくさんに、医者の所に向かいました。


───数日後。

幸い、ビベットの発見が早かったので、
コロニーユじいさんは命をとりとめました。

数週間、医者のところへ泊まって治療を受けましたが、
風車小屋へ戻れることになりました。

やっと我が家に戻れると、喜んで歩いていている
コロニーユじいさん。

風車小屋に近づくと、大勢の人が集まっていることに
気づき、驚きました。

(なんじゃ、わしが帰ってきたことを
 祝ってでも、くれるのか?)

などと思いながら近づいて行くと、

「お、コロニーユじいさん、お帰り」

と、村人たちから声をかけられました。

「やぁ、やぁ、ありがとう」

コロニーユじいさんは、首を傾げ、奇妙だなぁ、
と思いながらも、村人たちに笑顔で声をかけました。

風車小屋の入口に近づくと、ビベットが
満面の笑みを浮かべて立っていました。

「お帰り、コロニーユじいさん」

「やぁ、ビベット、今回はありがとう、
 おかげで元気になったぞ!」

二人は抱き合って喜びました。

「ところでビベット、この騒ぎはいったいなんじゃ?」

コロニーユじいさんが苦笑いしながら言うと、
ビベットは満面の笑みを浮かべながら言いました。

「コロニーユじいさん、彼らは病気から戻って来た
 じいさんを、励ましに来たわけじゃないんだよ」

「え、じゃぁ、なんでわしの家の前にいるのじゃ?」

不思議そうなコロニーユじいさんにビベットは
いたずらっぽい表情で言いました。

「彼らは、コロニーユじいさんに、
 仕事をさせるために来たんだよ」

「なんじゃって!」

驚くコロニーユじいさんに、ビベットは、

「ほら、みんなをよく見てみな」

コロニーユじいさんは、
集まっている村人たちを見ました。

村人たちは、皆かたわらに袋を持っていました。

開いて見せてくれると、中には黄金色をした
麦がたくさん詰まっていました。

村人の1人が言いました。

「やっぱり、風車でひく粉で作ったパンが、
 一番、おいしいからな」

他の村人はこう言いました。

「これからは、工場だけじゃなく、
 こっちにも持ってくるからね」

袋を掲げる村人たちの顔は笑顔に包まれていました。

コロニーユじいさんは驚いて、
村人やビベットの顔を何度も繰り返し見ました。

実は、コロニーユじいさんが入院している最中に、
ビベットが村人たちに、仕事が無いコロニーユじいさんの
現状を話し、助けを求めたのでした。

村人たちも、コロニーユじいさんが困っているのなら、
喜んで助けよう、と、こうやって収穫したばかりの
麦を持って集まってくれたのです。

「まったく、病み上がりの老人をこき使うなよ~」

コロニーユじいさんは、そのことを知りませんが、
とにかく、昔のように粉をひけることが嬉しくて
たまりませんでした。

「よーし、じゃ、早速! 順番に粉をひくぞ!!」

「オー!」

風車小屋の前で歓声が上がりました。

やがて、村に1つだけあるコロニーユじいさんの風車小屋の、
風車が回り出し、ゴトンゴトンという風車小屋が奏でる
粉ひきの音に合わせて、村人たちが歌を歌いました。

その歌声が、長い年月を経て、
久しぶりに村に響き渡りました。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 コルニーユじいさんの秘密 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/world/06/01.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ご意見ご感想、お待ちしています(^0^)/

2018年6月17日日曜日

八五郎さんの小判[前編]

この物語は、私がある人から聞いた話です。
とても面白いので、アナタにもお話いたしますね。

それは、昔々の話なのです。

ある海沿いの村に、八五郎さんという男の人がいました。

八五郎さんはある日、近所に住んでいらっしゃる
正直じいさんと呼ばれて名高い老人から、
海で釣りをしてたら、大量の小判を釣り上げたという、
なんともうらやましいお話を聞いたんです。

(あの正直じいさんが言うんだからホントのことだべ)

と、八五郎さんは素直に信じて、
早速、釣竿を持って出かけました。

船を持っていない八五郎さんは海につくと、
近くにいた漁師さんから、手こぎの船を借りて、
いざ出発! と、沖を目指して船を進めました。

(どのくらいの小判が釣れるかなぁ)

と思いながら八五郎さんは、波が穏やかな海を、
にこにこと楽しそうに船をこぎました。

八五郎さんは船の扱いになれていないので、
帰れなくなるといけない、と思い、
陸がまだはっきりと見えるあたりで船を停めました。

「よし、この辺でいいかな」

八五郎さんは持ってきた釣竿を手に取り、
糸を海にたらしました。

「小判が釣れたらなにつかおうかぁ~、
 ウナギのかば焼きをたらふく食べようかな~
 いや、うな重の特上かな~
 それとも寿司をお腹いっぱい食べようかなぁ~、
 それでも余るようなら、殿さまみたいな着物を
 しつらえちゃおうっかなぁ~」

釣り糸をたらした八五郎さんの頭の中は、
楽しいことばかりで、とても上機嫌でした。

「おっ!」

その時、八五郎さんの釣竿が、ツンツン、と引っ張られ
ました。

「小判が当たったな!」

八五郎さんは一気に釣竿を持ち上げました。

するとどうでしょう。
釣竿には、キレイな赤い色をした魚がついていました。

それを見て八五郎さんは、

「な~んだ、タイかぁ~」

と、魚を見てガッカリしてしまいました。

タイは高級な魚です。八号郎さんは生まれてこのかた
食べたことはありませんでしたが、
高級な魚だということはご存知でした。

しかし、小判を釣ろうと思っていたので、

「お前じゃないんだよなぁ」

と、タイを釣竿からはなして、海へ投げ入れて
しまったのです。
なんともったいないことをしたのでしょう。

「さぁ、気を取り直して、小判を釣るゾ!」

小判を釣ろうとしている八五郎さんにとっては、
もったいないなんて気持ちは微塵もなさそうです。

すぐに釣り糸を海にたらしました。

その後も、何度か当たりがありました。

シマアジだのヒラメだの、白いタイだの、
それは目が眩むほどの高級な魚たちでしたが、

「お前じゃない」

と、八五郎さんは逃がしてしまうのです。

おかけで、なんの収穫もないまま、
時間だけが過ぎていきました。

やがて日が暮れてきました。

今日はこの辺にして、もう、帰ろうかな、と思ったとき、
八五郎さんの釣竿が引っ張られました。

今度は今までにない感触です。

「これは! ついにきたか!」

八五郎さんは糸が切れないように慎重になりながらも、
手に力を込めて、釣竿を引っ張り上げました。

すると、海の中からツボが姿を現しました。

八五郎さんは船から身を乗り出して、ツボを掴むと、
ヨッコラショ、っと、船に引きずり上げました。

ツボは、穴がフタのようなものでふさがれていて
中が見えませんでした。

八五郎さんは力いっぱいフタをめくり中を見ました。

中には、ビックリするくらいの大判、小判が、
ザックザックと入っていました。

「やったー!! これでオラはお金持ちじゃ!!」

八五郎さんは両手を上げて喜びの声を上げました。

こうなったら早く帰ろうと、ツボを倒れないように
紐でしっかりと船にくくり付けました。

そして陸に向かって船をこぎだそうと、
辺りを見渡しました。

するとどうでしょう。

船を出した陸が見えません。

「あ、アレ……」

右を見ても、左を見ても、周りは海だけで、
陸はどこにも見当たらないのです。

どうやら八五郎さんは釣りに夢中で、波に流されて
陸から遠くまで来てしまったことに気づいてなかった
ようなのです。

「どうしよう~」

八五郎さんは大変困りました。

とりあえず、日が沈む方へ進めば、
陸があると聞いたような気がするので、
夕日に向かって船を進めることにしました。

すると、八五郎さんの頬に水滴があたりました。

「あー、こんな時に雨かぁ」

八五郎さんは船をこぐ手に力を込めました。

雨はだんだん勢いを増していきています。

必死に船をこいでいましたが、無情にも雨雲が広がり、
目標としていた夕日も、うっすらとしか見えなくなって
しまいました。

雨の激しさとともに、波も高くなってきて、
船を、上下左右に激しく揺らしました。

八五郎さんも力を込めて船をこいでいましたが、
さすがに耐えきれなくなって、

「いやだー! せっかく小判を手に入れたのに、
 こんなところで、死ねるかー!」

と、叫んでしまいました。

八五郎さんは、力を込めて握っていた棒を手放し、
小判が入っているツボに、自分が蓋になるように
おおいかぶさると、船に括り付けていた紐を外し、
ツボと自分の体をグルグル巻きにして、
強く結びつけました。

“ゴロゴロゴロー!!!!!”

暗くなった空に、眩しい光と共に雷鳴がとどろきました。

八五郎さんは、海なのか雨なのか分からない水を
大量に浴びながら、上下左右、前へ後ろへ、
ハチャメチャに揺れる船にしっかりとしがみつきました。

「ヤダー! 死にたくない、死にたくない!!」

八五郎さんの必死の叫び声は、荒れくれる波の音と、
大雨の音と雷鳴に打ち消されてしました。

“ゴロゴロゴロー!!!!!”

やがて八五郎さんの船に大きな波が打ち寄せました。

船が大きく傾いて、とうとう八五郎さんは
海へ放りだされてしまいました。

一生懸命、立ち泳ぎをして八五郎さんはなんとか顔を
水から出そうとしましたが、体には小判の入ったツボが
巻き付いています。

うまく水から顔が出せるはずがありません。

ましてや、海の波は荒くれて、大雨が降っています。

八五郎さんは、大量に水を飲んでしまいました。

さぞ、苦しかったことでしょう。

しかし、荒れくれる波に揺さぶられていると、
段々と意識が遠のいて苦しさも感じなくなったそうです。

(───あぁ、オラはここで死ぬのだなぁ……)

“ゴロゴロゴロー!!!!!”

激しい雷鳴が、八五郎さんには遠くでなっているように
感じられて、やがてまったく意識がなくなって
しまったそうです。

八五郎さんはどうなってしまうのか、
続きが知りたい方は、後編へお越しくださいませ。



[後編]へつづく……


八五郎さんの小判[後編]

[前編]はコチラから


“ゴロゴロゴロー!!!!!”

遠くの方で雷鳴が聞こえます。

荒れ狂う波が八五郎さんの体を激しく揺さぶります。

(いや、オラは今、揺さぶれていないような。
 感じだけどなぁ)

(ん? なんだか、足だけが冷たいぞ!
 それに、なんだか顔が暖かい……)

「はてぇ……?」

そうつぶやきながら八五郎さんは目をさましました。

目を開けると一面の白色が目に飛び込んで来たそうです。

眩しくて、目を細めて見てみると、
どうやら砂浜に横たわっていることに気づきました。

「あの世かな?」

八五郎さんはそう感じたそうです。

少し首を上に上げると、そこには、雲一つない、
つき抜けるような真っ青な空が広がっていました。

「あの世は、天気がいいんだなぁ……」

と、八五郎さんは、しばらくそのままの姿勢で、
ぼんやりと空を眺めていました。

時々、足が水に濡れるのを感じたので、どうやら、
砂浜の波打ち際にいるのだなと気づいたそうです。

「うーん?」

ぼんやりしていた八五郎さんの頭が、
少しずつ動き出しました。

「もしかして、ここはあの世ではないのか……
 オラは、助かったのか……」

その時、八五郎さんの頭の中に衝撃が走りました。

「ハッ! 小判!」

八五郎さんは慌てて飛び起きようとしました。

しかし、体はすぐに砂浜に引き戻されて
うまく起き上がれません。

ケガでもされたのかと心配した人もいるかもしれませんが、
そうではありません。八五郎さんはお腹の辺りが、
やけに重たいことに気づきました。

見ると、そこにはきっちりと体に紐で巻き付けられた
ツボがありました。

八五郎さんは慌てて紐をほどこうとしました。

しかし、力いっぱい体にしばりつけたので、
紐は、なかなかほどけてくれません。

なんとか時間をかけて紐をほどいた八五郎さんは、
ツボの中を覗きこみました。

中にはお日様の光を反射して神々しく黄金色に光る
小判がありました。

八五郎さんが手を伸ばして小判を持つと、
小判はまったく濡れていませんでした。

八五郎さんが、おおいかぶさるように
ツボをしばりつけたので、ちょっぴり出ている
八五郎さんのお腹が、ぴったりツボにハマり、
水が中に入らなかったようです。

ツボの中の空気が、ぴったりはまった八五郎さんの
お腹のおかげで外にもれず、プカプカと浮きあがって、
しばられていた八五郎さんを、この海岸まで
つれて来てくれたのです。

八五郎さんは小判を握りしめ、奇跡的に生きていることと、
お金持ちになったことを、それはそれは喜びました。

しかし、喜んだのもつかの間でした。
辺りを見回した八五郎さんはすぐに不安な気持ちに
なったことでしょう。

「ここはどこ?」

八五郎さんには、見たこともない風景でした。

とりあえずツボを隠そうと、
海から少し遠い場所を掘り起こし、
砂が入らないようにその辺にあった平らな木などで、
蓋をして軽く砂をかけて、外から見えなくしました。

そして、辺りを探検しようと歩き出しました。


───それから、あっという間に、三日が経ちました。

八五郎さんは歩き回って、ここが島だと分かりました。

しかも殆どが岩に覆われていて、少しの草しか生えて
いない、本当になにもない島だったそうです。

八五郎さんはしばらく島を歩きましたが、とても狭い島で、
あっという間に、くまなく歩いてしまったそうです。

三日目になった時には、もう歩く気力も無くなって、
砂浜に埋めたツボの近くで、ボーっと
海を見つめるだけになっていました。

「あー、腹へったなぁー」

“グ、グ、グゥ~”

八五郎さんの言葉に「準備できてるよ!」と
言わんばかりにお腹がなりました。

八五郎さんに答えてくれるのはお腹くらいで、
食べることができる動植物は、
この島にはなにもありませんでした。

八五郎さんは三日間、なにも食べず、
なにも飲むこともできずにいました。

さぞ、辛かったことでしょう。

「ここには、こんなに小判があるのになぁ~」

八五郎さんは小判の入ったツボを恨めしそうに眺めなした。

「小判じゃ、腹はふくれやしない。
 あぁー、あの時、タイやヒラメを
 海に捨てないで、とっておくんだったなぁ」

八五郎さんの頭の中には、ずっと
タイやヒラメがおいしそうに焼き上がって
湯気を上げている状態が浮かんでいました。

おいしそうにほおばっている自分の姿を想像しては、
ヨダレをたらしていましたが、もう、たれるヨダレも
出てこないほど、体は弱っていました。

「ハーァ…」

と、大きくため息を吐いた八五郎さんは、
どてん、と砂浜に横たわりました。

そのまま、ボケー、っと、白い波を打ち付ける海を
眺めていると、遠くから船が近づいてきているような
光景が見えたそうです。

「また、船が見えるよー」

船が見えたと思って、助けを求めようとすると、
目の錯覚だったり、木の枝だったり、
そんなことを何度も経験したので、

「またかーぁ」

と、なにもしないで寝そべっていたそうです。

しかし、今回は何かが違います。

その船のようなものは、どんどん近づいてきて、
近づくにつれ、それは、どう見ても、
船にしか見えなかったのです。

八五郎さんは立ち上がり、船に向かって両手を上げて
大きく振りました。

船は呼び寄せられるように八五郎さんに近づいてきました。

この時の、八五郎さんの喜びようを想像すると、
私は涙が止まりません。

八五郎さんが船に近づくと、
船には三人の男が乗っていました。

「なにやってんだ、オメーは」

と、男が言うので、八五郎さんは、

「漂流していたんだ、どうかオラを船に乗せて、
 家に帰してくれ!」

と、必死にお願いしました。

「それはいいけどもよ、オレたちはこの島を拠点にして、
 漁をするからすぐには帰んねぇよ」

「そんなぁ、食料も無いしオラはすぐにでも帰りてぇんだ」

「んなこといわれてもなぁ、
 オレたちもただでかえるわけにはなぁ」

と、三人の男は顔を見合して頷きました。
確かに、漁に出て手ぶらで帰る訳にはいかないでしょう。
でも、大丈夫です。

「お金ならあります」

八五郎はツボを指さしました。

「あのツボに、たくさんの小判が入っています。
 あれをあげますから、すぐに陸に戻してください」

1人の男が船を降りて、ツボに向かって歩いていき、
ツボのなかを覗きこむと、驚いたような表情で、
船にいる仲間の方を向いて、大きく頷きました。

「よし、分かった、すぐに船に乗れ、
 送って行ってやる」

「助かった!」

こうして八五郎さんは小判を持っていたことによって、
無事、自分の住んでいたところへ帰ることができたのです。

船を降りるとき、手ぶらじゃ辛いだろうから、
と小判を三枚手渡されました。

その小判を見ながら八五郎さんは、

「大変な思いをして、これだけか」

と、肩を落としてガッカリしました。
とても無念だったことでしょう。

でも、その小判を持って、八五郎さんは、
うなぎ屋さんへ向かいました。

そして、小判を釣り上げたら食べようと思っていた
特上のうな重を注文しました。

三日ぶりに口にする食べ物、それが特上のうな重です。

それは、それは、今まで口にしたことが無い、
あの世の食べ物を思わせるほどの美味しいものだった
ことでしょう。

八五郎さんは、人目をはばからず、涙を流し、
一口一口、味を愛おしみながら、うな重を食べていました。

そして食べ終わり、満足して食後の休憩を味わっていると、
ふと、ある言葉が飛びこんで来ました。

「新しい読み物だよ! 読み物はいらんかーい」

読み物売りの声でした。

「読み物か……」

ぼんやりと八五郎さんが呟きました。

「今回の漂浪体験ほどの読み物があるのかねぇ……」

その八五郎さんの声は、隣にいた人の耳に届きました。

「ちょっと、いいですか?」

八五郎さんは、隣の人に声をかけられました。

返事をした八五郎さんに、声をかけた人は、

「その漂浪体験を詳しく聞きたいのですがぁ」

「はぁ……」

この八五郎さんの隣で、たまたまうな重(並)を
食べていて、声をかけた人物こそ、
今、これを書いている私でございます。

八五郎さんが体験した漂浪記を、私が幾重にも脚色して
書き上げた読み物は、とてもとても売れに売れました。

もちろん八五郎さんにも多額な大判小判が舞い込んで
来たことでしょう。

お金持ちになっても、いばらず、ひっそりと住んでいて、
毎日にこにこ笑顔で過ごしているそうです。

そうそう、このお話の切っ掛けになった正直じいさんに、
八五郎さんは律儀にお礼を言いにいったそうです。

話を聞いた正直じいさんは、
驚いて腰を抜かしてしまったそうです。

なぜそこまで驚いたのでしょう?
不思議ですね。


おしまい。




今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 お前じゃない 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/kobanashi/05/29.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ご意見ご感想、お待ちしています(^0^)/

2018年6月14日木曜日

今日の独りごと♪

ジャンプ編集部 ONE PIECE「配慮を欠いた表現」を反省
横井庄一さんを“揶揄”(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース


昔はさんまさんが「恥ずかしながら〜」ってネタにしてたし、
そもそも、座る時とかに、「ヨッコイショウイチサン」
って言ったことある人、多いんじゃないかなぁ。

迂闊だったかもしれませんが、
今回、尾田さんは、配慮を欠いたと反省してますし、
それで終いの話だと私は思います。

2018年6月13日水曜日

今日の独りごと♪

新幹線殺傷に「他の男性も応援してほしかった」
ツイート炎上、削除騒ぎに(J-CASTニュース)
-Yahoo!ニュース


所詮、人間も動物。
最小限の犠牲を払って生き延びようとする。
それを否定するのは本質的に無理。
それに打ち勝った者は英雄になる!
英雄になることが良いか悪いかは難しい。
でも、勇気を称え、志は忘れずに持っていたいと思う。



2018年6月10日日曜日

どっちに向かっても

これは昔々、江戸時代のお話です。

火事と喧嘩は江戸の花、と言われるくらい、
当時の江戸は火事が多い都市でした。

そして今日も、火事が起きました。

それは、とてもとても大きな火事です。

最初は小さな住宅の火事でしたが、
運悪く北西から渇いた風が吹いてきて、
あっという間に町中に広がってしまいました。

大勢の人が家族を失い、家を失いました。

大きな都市である江戸で、これほどの大火事があると、
当然、他の町にとっても大きな問題です。

江戸で、ものを売り買いしようとしていた人は
予定を変えなければならないし、
大火事から復興するために大量の物や金、人材が必要ですから、
経済的なしわ寄せが他の町にもやって来ます。

それだけに、江戸でなにが起きているか、
他の町に住んでいる人はとても気にしています。

江戸の情報を求めている人はたくさんいました。

しかし、遠く離れた町に住んでいる人々にとっては、
江戸の情報を知ることは大変でした。

特に、江戸から遠く離れた、江戸と肩を並べるほどの大都市である
「大坂」には、すぐに江戸の情報は入って来ません。

今のようにネットやテレビも無い時代です。

情報は人が伝えなければ、どこからもやってこないのです。

そこで、江戸時代では「飛脚(ひきゃく)」と呼ばれる
情報を届ける仕事をしている人がいました。

飛脚は、今の宅配便のような人で、手紙や荷物などを
自分の足で走って届けています。

今回も、江戸で大火事が発生したこと伝える手紙を届けに、
大坂へ行くようにと、役所から依頼を受けた飛脚がいました。

飛脚は手紙を受け取ると、すぐに走り出しました。

大坂へ行く途中、品川や神奈川など、大きな宿場町に立ち寄ると、
「江戸で大火事があったんだ!」と町の人たちに伝えました。

そうやって、口頭でも広めながら大坂に向かうようにと
役所から命じられていました。

そうして江戸を出て二日たったころ、
ちょうど江戸と大坂のまん中くらいの町、
「袋井」という宿場町に到着しました。

袋井の町には、心地よい風がふいていて、
のんびりとした空気に包まれていました。

飛脚が汗をぬぐいながら空を見上げると、
ところどころに雲が浮かぶ、穏やかで
まっ青な空が広がっていました。

体を休めようと、いつも立ち寄る茶屋に入り、
席に腰を降ろそうとするとすぐに、

「おや、江戸の飛脚やないか」

と、声をかけられました。

「おぉ、そういうおめぇは、大坂の飛脚じゃねぇか!」

江戸と大坂を往復する二人は、何度かこの茶店で会うことがあり、
すっかり顔なじみになっていました。

「今日は、どんな情報をもってる?」

と聞かれた江戸の飛脚は、

「いぁ、それがなぁ、江戸で大火事があってなぁ」

と話しました。

すると、大坂から来た飛脚が驚いた表情をしながら言いました。

「それは難儀やなぁ」

「そうなんでぃ、大変なんだよ」

「いや、わしが難儀と言ったのは、そう意味やない」

と、大坂の飛脚は顔の前で手を振ってから言いました。

「その意味の難儀やなくてなぁ、
 世の中、上手くいかへんなぁ、
 という意味の難儀や」

少し首をひねりながら江戸の飛脚が、

「そりゃおめぇ、いったい、どういうこったい?」

と言うと、大坂の飛脚は少し体を寄せて、

「ここだけの話」

なぜか囁くような小さな声で続けました。

「あんな、わしが出てきたときの大坂は、
 そりゃもう、はんぱないほどの大洪水だったんや」

「大洪水! そりゃぁホントか」

「あぁ、ホンマやぁ」

前かがみで話を聞いていた江戸の飛脚は、
上体を起こし、腕を組みながら、

「するってぇと、江戸は大火事で大坂は大洪水ってことか」

「そや、なんの因果か、大坂には江戸の火事を消しても
 余るほどの水が溢れてて、えらい状況や、ちゅうわけや」

「そいつは、確かに、難儀だなぁ」

「そやろう、世の中上手くいかへんなぁ」

大坂の飛脚も腕組みしました。

そして二人とも「う~ん」と首をかしげて、
少しの間、しゃべらずにいました。

「───するってぇとぉ」

江戸の飛脚が、ひとりごとを言うように、
ボソリと言いました。

「どっちに行っても、大災害かぁ……」

「せやなぁ」

と、大坂の飛脚が答えるように、

「わしらが向かうところは、
 どちらも、悲惨(ひさん)な状態、てことやなぁ」

「う~ん……」

「しかも、悲惨なところへ、わしらは、
 別の悲惨な状況を知らせに行くんやでぇ」

「そいつは、ちーと、野暮な話だなぁ」

「あぁ、わしらは難儀で野暮な役目やでぇ」

「う~ん……」

二人の飛脚は腕を組んで、
頭を下げて少しうなだれたような格好で、
また黙ってしまいました。

黙り込んでいる二人の間を、穏やかな空気が、
さも当たり前のような自然な流れで、
通りぬけていきました。

“チュンチュン”

ふと、江戸の飛脚に鳥の鳴く声が聞こえました。

“チュンチュンチュン、チュンチュン”

大坂の飛脚にも聞こえたようで、二人は茶店の外を眺めました。

穏やかな日差しの中で、三羽の小鳥が地面の上で、
エサか何かをつついては、ちょこちょこと飛び跳ねながら
忙しなく移動している姿が見えました。

「ここは、静かだなぁ」

江戸の飛脚が言うと、

「ホンマ、静かすぎるくらいやなぁ」

と、大坂の飛脚も言いました。

一羽の小鳥が、どこからか飛んできて、
地面の上で、ちょこちょこ跳ねました。

江戸の飛脚は、いつの間にか運ばれてきた茶碗に手を伸ばし、
一口飲んでから静かに話し始めました。

「江戸と大坂とここ、みんな合わさったら、
 ちょうどいいのになぁ」

大坂の飛脚も、一口、お茶を飲んでから、

「ホンマやなぁ」

と、答え、しばらく黙ってから続けました。

「でも、それだと平凡すぎて、
 逆に、退屈かもしれへんなぁ」

「確かに、とくに気がみじけぇ江戸っ子には、
 平凡すぎるのは、がまんならねぇかもしれんなぁ」

「悲惨な状態、穏やかな状態、いろんなことがあるから、
 世の中、おもろいのかもしれへんな」

「良いも、悪いもかぁ……」

江戸の飛脚がそう言うと、お茶碗を持ったまま、
また二人は黙りました。

やがて、江戸の飛脚は残っていたお茶を“グイッ”と、
一気に飲み干すと立ち上がりました。

「まっ、とにかくオレに出来ることは、
 江戸の大火事をみんなに報せることだ!」

それを聞いた大坂の飛脚も立ち上がり、

「そやなぁ、わしも大坂の惨状をみんなに報せなあかん」

と言って、お茶を一気に飲み干しました。

「辛いこともしっかり伝える」

「悲惨なこともしっかり伝える」

「それがオレたちの仕事だ」

「せや、わしらの仕事や」

そして、二人がっちりと手を組んで、

「難儀でも気をつけて、江戸へ向かってくれ」

「自分も、野暮でも、気いつけて大坂いけや」

二人は声をかけあって、それぞれ別々の方向へ、
勢いよく走りだしました。

飛脚が急に走り出したので、驚いた道端にいた小鳥たちは
穏やかな青空に向かって、一斉に飛び上りました。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 飛脚 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/kobanashi/05/27.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



ご意見ご感想、お待ちしています(^0^)/


2018年6月2日土曜日

私が好きな歌[前編]

昔々、ある村に歌を歌うことが大好きな
セリーヌという名の女性がいました。

家に帰って来ては、誰もいない部屋で、
好きな歌を、好きなだけ気持よく歌っていました。

歌うたびにセリーヌは思っていました。

(なんて、あたしは歌が上手いのでしょう)

キレイな声で奏でられる歌は、部屋中に響き渡り、
他の誰の歌声よりも心地よく、心に響く感じがしていました。

(もしかしたら、あたしは歌手にだってなれるかもしれない)

そんな思いが心の中にやどるようになっていきました。

しかしセリーヌは恥ずかしがり屋さんで、
今まで一度も歌声を人に聞かせたことがありませんでした。

(みんなが、あたしの歌声を聞いたら、
 どんな反応をするのだろう)

そう思う彼女には、試してみたいと思っていることがありました。

街では、定期的に歌自慢が集まって
歌を披露する大会があるのです。

恥ずかしがり屋のセリーヌにとって、
おおぜいの前で歌うなど考えられないことで、
今まで出たいと思ったことなどありませんでした。

しかし、自分は歌が上手いと思うようになってからは、
大会に出てみたいと思う気持ちが強くなりました。

その思いは日に日に大きくなり、何度も大会の申し込みに
いこうとするのですが、直前になると、
どうしても怖くなってやめてしまうのです。

次の大会も近づいてきています。

申し込みの締め切りは、今日の夕方まです。

(今度こそは)

セリーヌは少し気合いを入れて、
大会の申し込みにでかけました。

(あー、緊張する~)

足を震わせながらも、今回は気合いを入れたかいあって
なんとか申し込むことができました。

(ふー、申し込んじゃった!)

しかし。申し込めたのはよかったのですが、
いざ申し込んでしまうと、

(人の前で歌うのかー)

と違うドキドキが心の中に生まれてしまいました。

それからというもの、セリーヌは今まで以上に
家にいるときは歌を歌いました。

毎日、毎日、何時間も歌い続けると、
ドンドン、歌が上手くなっていくような気がしていました。

そんな日々を過ごすうちに、
いよいよ、歌の大会の日がやってきました。

セリーヌはステージの後ろで、歌う順番を待っています。

(あー、緊張する~、でも大丈夫、
 ちゃんと練習してきたんだから)

そう自分に言い聞かせて、震える身体を
なんとか紛らわそうとしていました。

そして、ついに自分の歌う番がやってきました。

セリーヌは足を“ガクガク”と震わせながら、
ステージのまん中に立ちました。

前を見ると、たくさんの人がコチラを見ています。

たくさんの視線が体をギューっと締め付け、
絞り込まれた体中の血液が全部、
頭に集まってきているように感じました。

きっと自分の顔は、炎のように真っ赤なのだろうと思いながら
セリーヌは、観客に向けて深々とお辞儀をしました。

お辞儀を終えて姿勢を整えると、目をつむり

「ハーァッ」

大きく息を吐き出し、
そして静かに歌いはじめました。

歌い出しはバッチリでした。

今までの緊張がウソのように、気分は落ち着き、
お腹からのどを通った声は、スムーズに口から広がり、
キレイな歌声になって会場に響き渡りました。

(うん、いけてる)

家で一人で歌っているときよりも、はるかに上手に、
そして、はるかに気持ちよく歌えています。

(キモチイイー♪)

セリーヌは最高の気分を味わい、
最後まで調子を落とすことなく歌い切りました。

自分の歌の世界に入り込んでいたセリーヌは、
歌い終わってからもしばらく余韻につかっていました。

しばらくして我に返ったセリーヌの目に、
観客の姿が飛びこんできました。

観客は無言で、下を向いている人、
怖い表情でコチラを見ている人、
両手で耳をふさいでいる人もいました。

(───え?)

状況がのみ込めないセリーヌは
キョロキョロと辺りを見渡しました。

すると大会の関係者が近寄ってきて、
耳元で囁くようにいいました。

「おつかれさま。
 今度は、もうちょっと練習してから参加してね」

「え? ───えぇぇぇぇぇ!!!!!!」

セリーヌは顔を真っ赤にして、
早足でステージからおりました。

きっと歌いはじめる前などくらべものにならないほど、
顔は真っ赤になっていたことでしょう。

そのまま足を止めずに、セリーヌは自分の家まで帰ると、
強くドアを閉め、ベットに前向きのまま倒れ込みました。

(なんてこと! あたしの歌は耳をふさぎたくなるほど
 下手だったってこと!!)

自分の歌を、今まで誰にも
聴いてもらったことはありませんでした。

自分でかってに“上手い”と思い込んでいただけ。

思い込むどころか、聴いていられないくらい
下手だったなんて。

(なんてバカなの、もう外も歩けないじゃない!)

セリーヌは、恥ずかしいやら、悔しいやら、
情けないやら、悲しいやらで、
ベットに顔をうずめたまま泣きました。

泣いて泣いて、いつの間にか寝てしまい、
お昼くらいに目覚めた翌日は、
見たこともないくらい目がはれていました。

その日から、セリーヌは歌を歌わなくなりました。

あんな恥ずかしい思いをしてしまったのです。

歌おうと思っただけで、燃えるように顔が熱くなり、
あの日のイヤな思いがよみがえってくるように
なってしまいました。

セリーヌは歌わない以外は普通に生活していました。

周りの人たちから、歌のことについて
なにか言われることもありませんでした。

それが逆に、触れられないくらい、
自分の歌はひどかったのだ、と、
セリーヌは思い知らされるのでした。

そんな日々が続いたある日のことです。


[後編]へつづく……


私が好きな歌[後編]

【前編はコチラから】


セリーヌが歌わなくなって、
何日かたったある日のことです。

その日も普通に生活し、当然、家に帰って来ても
歌を歌うこともなく、夜もふけてきたので、
寝ようとベットに入ろうとした、その時です、

「こんばんは」

誰かに声をかけられたような気がしました。

空耳だろうと気にもとめず寝ようとすると、

「セリーヌさん、こんばんは」

(ん? 確かに聞こえる)

セリーヌは恐る恐る辺りを見回しました。

そして床に視線を落として“ギョッ!”としました。

そこには、一匹のネズミがコチラを見て立っていました。

セリーヌは動物が嫌いではありませんでした。

むしろ好きなほうです。

でも、急にネズミと目が合ったので驚いてしまいました。

「驚かせてしまってスミマセン」

ネズミはそう言いながら、軽く頭を下げました。

つられてセリーヌも頭を下げます。

「話かけないようにしていましたが、
 今日はどうしてもお願いしたいことがありまして、
 話しかけてしまいました」

「はぁ~、さようでございますか」

セリーヌは少し気の抜けた返事をしました。

ネズミは続けて言いました。

「セリーヌさん、どうして最近、
 歌ってくれないのですか?」

セリーヌは再び“ギョッ!”としました。

まさか、こんなところで歌の話題が出てくるなんて、
しかも、相手はネズミです。

ネズミは続けます。

「いつも楽しそうに歌っていたのに、
 最近、歌ってくださらないから、
 こうやって話しかけてしまいました」

そう言う、ネズミにセリーヌは
なんと言っていいのか迷いましたが、

「あのね、───あたし…、
 もう歌わないことにしちゃったの」

と言うと、

「なんだって!!!」

という声が、ネズミの後ろの方から聞えました。

ネズミの後ろにはカベがあります。

そのカベの隙間から、
ゾロゾロとネズミが出てきたので、
セリーヌは“ギョッ!ギョギョッ!!”としました。

ゾロゾロ出てきたネズミは口々に言いました。

「なんでですか!」

「やめちゃダメだ!」

「歌ってくれ!」

ネズミたちは必死にうったえてきました。

セリーヌは少し困りながら、

「いやぁ、そんなこと言われても~、
 あたしの歌、ホラ……、下手くそだから……」

「下手くそだって!! 冗談じゃない!!!」

と叫ぶネズミに、セリーヌはびっくりしていると、

「私はあなたの歌声に癒されました」

「俺はあんたの歌を聴かないと寝れない」

「あたしは、あなたの歌声にあこがれています」

ネズミたちは自分の思いを話しました。

「い、いや、───そう言われても…」

セリーヌが困っていると、
最初に声をかけてきたネズミが言いました。

「あなたの歌を聞いてると、楽しくなるのです」

他のネズミたちが「そうだ、そうだ」と頷きました。

ネズミは続けます。

「あなたは実に楽しそうに、気持ちよく歌っている、
 その姿が、私たちは好きでたまらないのです」

セリーヌは、なんだか背中の辺りが、
むずがゆくなってきて、なにも言えませんでした。

「私たちは、あなたの歌が大好きです。
 そして、あなたの歌声が必要なのです。
 これからも、私たちのために歌ってくれませんか?」

セリーヌは複雑な思いをしていました。

もう、歌わない、と決めていましたが、
それも、本当に自分がそう強く思っているのか、
と言われると、正直、自信がなかったのです。

相手はネズミです。

(でも、私の歌を必要としているのなら、
 歌っても、いいのかもしれない)

セリーヌはそう思いました。

「じゃぁ、もう今夜は遅いから、
 一曲だけ、歌わさせてもらうけど……イイ?」

「ありがとうございます!!」

ネズミたちから声援が上りました。

手を上げたり、飛び跳ねたり、
喜ぶネズミたちの姿を見てセリーヌは、
なんか変な感じがして、
おかしくなって、少し笑ってしましました。

そして、セリーヌが姿勢を正すと、
ネズミたちもおとなしくなり、姿勢を整えて、
ジーっと、つぶらな視線を送ってきました。

セリーヌは「フーゥ」っと息を吐くと、
静かに、歌い始めました。

しばらくぶりに、お腹から出てくる空気が、
喉を通り口から外に出て行きます。

その感覚がとても心地よく、懐かしく感じました。

カベに跳ね返って聞えてくる歌声に、
心が揺れ動きました。

ネズミたちは思い思いの表情で歌を聞いているようです。

歌が進むにつれ、ドンドン気持ちよくなっていきました。

セリーヌは歌いながら思いました。

(なにこれ、───楽しい!!)

そして気づきました。
自分が歌うことが大好きだということを。
歌っている自分が、大好きだということを───。

セリーヌの歌が終わると、
ネズミたちはお礼を言って帰っていきました。

1人、部屋に残されたセリーヌは、
ここ何日間か味わっていなかった、
爽快な気分になっていました。

(これで、イイ
 これが、あたしなんだ!)

そして思わず、
大声で叫びたい衝動に駆られました。

「あたしの歌、サイコー!!!!!」

(下手だってイイじゃない、あたしは歌が好きなんだ)

なぜか、涙がボロボロとこぼれてきました。

そしてセリーヌはベットに横になると、
灯りを消して、眠りました。

ネズミの姿を見たのは、その日だけでした。

しかし、その日からずっと、部屋の中に、
セリーヌの歌声が響かない日はありませんでした。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 歌手 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/aesop/05/26.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ご意見ご感想、お待ちしています(^0^)/