≫≫≫ ☆ もくじ ☆ ≪≪≪
「もくじ」がちょっと新しくなったよ

2017年11月25日土曜日

ミーコの気まぐれ

「うちの親は、食事のマナーにうるさいのよぉ」

車を運転している若い女性が言いました。

「そうなのかぁ、なんだか胃が痛くなってきた」

緊張したおもむきで助手席に座る男性は、正面をうつろな目で見ながら、
お腹の辺りを擦りました。

「しっかりしてね、あたしたちの結婚がかかってるんだからね」

「うん、分かってる、ちゃんと挨拶しないとね」

「そう、でも、その前に食事だね、
 とにかく食べる順番とタイミングが大事よ」

「テーブルマナーは、学校で習ったんだけどなぁ」

「うちのは独特なのよねぇ、わたしも小さなころから、
 ずっと注意されててね、決まった順番がある訳じゃないのよ、
 タイミングなのよ」

「タイミングねぇ」

「それと食事の流れなんかで注意されちゃうんだよ~、
 わたしからの合図、ちゃんと覚えてる?」

「大丈夫」

と、男性はズボンの横から出ているひもを手にして、

「ひもをツン、と君が一回引っ張ったら、おつゆを飲み、
 ツンツン、と二回のときは、ご飯を一口食べ、
 ツンツンツン、だったら、こばちを手に取り……」

「違う違う、ツンツンツンは、おかずを食べる、
 たぶん焼き魚が出るから、キレイに食べてね」

「あっ、そうか、ツンツンツンで焼き魚ね、
 で、こばちは何だっけ?」

「こばちは、ひもじゃなくて指でツンよ」

「そうだ、こばちは、指と……ちゃんとできるかなぁ」

「だいじょーぶ、合図するのは最初だけで、
 あとは慣れると思うからぁ、きっとうまくやれるよぉ」

「慣れねぇ」

男性は不安な表情のまま、やがて、車は女性の実家に到着しました。

女性も実家に帰るのは何カ月かぶりでした。

二人は出迎えてくれた両親に挨拶して、
リビング通されるやいなや女性の方が、

「ミーコ、久しぶり!」

リビングのソファで寝ていた白に黒のぶちがついたミーコという
ネコに抱き付きました。

ヨシヨシと首や額の辺りを擦ると、
ミーコは目を閉じて気持ちよさそうにしています。

リビングにあるテーブルにはすでに料理が置かれていて、
母親に促された席に男性は座りました。

男性は車を降りてから、ずっと緊張していて、
椅子に座っても体はガチガチです。

「それでは、とりあえず乾杯しようか」

そういう父親に、男性は立ち上がり、

「私がつぎます」

と、ガチガチと小刻みに震える手で、ビール瓶を持ちました。

「これは、すまない」

と、父親も少しぎこちない口調で言ったので、
ミーコから離れ、テーブルに移動してきた女性は、

「もう、みんなそんなに緊張しないで」

と笑顔で言いながら、男性のすぐ横の椅子に座りました。

「おう、そっ、そうか」

父親は照れくさそうに笑いました。

そして、みんなのコップに飲み物が注がれると、
乾杯して食事会が始まりました。

ここからが本番とばかりに、男性は緊張しました。

男性が箸をとると、早速、ツンツンと紐が引っ張られました。

(ツンツン、だから、まずはおつゆを飲めばいいんだな)

男性は、透明なおつゆにワカメとなんだか分からない、
白いものが入ったお椀を両手で持ち上げて、
なるべく音を立てないように一口飲みました。

「はぁ、美味しいです」

男性が正面に座っている母親に笑顔を向けて言うと、

「まぁ、それは良かった、口に合うか心配してたのよ」

と、母親が嬉しそうに言いました。

すると、すぐに父親が、

「うちのお母さんの料理は、絶品だぞ!」

と、ちょっと大きな声で言いました。

「イヤですよ、お父さんたらぁ」

ハハハハハハァ、とみんなで笑い、少し場がなごみました。

ツンツンツン

紐が引っ張られました。

(よし、おかずだな、鮭の切り身、上手に食べるぞ)

男性は無難に鮭の身をほぐし、口の中に入れました。

(えーと、つぎは───)

こうして男性は女性の合図にしっかり応え、
順調に食事は進んで行きました。

しばらくすると、だいぶ慣れて来たのか、男性は合図が無くても
ちゃんとした順番とタイミングで食べることができるようになりました。

両親ともごく普通に笑顔交じりで会話をしていたので、
女性も安心して、合図を出さずに楽しく食事をしていました。

女性が合図をしなくなったので、ズボンの横から出ている紐は、
椅子から垂れ下ってしまいました。

そこに、ソファーからミーコがトボトボと歩いてきました。

そして、垂れ下っている紐の前で止まり、ジーっ、見つめています。

ミーコはおもむろに前足を上げ、紐を引っ張りました。

ツン

(あ、)

ご飯を食べようとしていた男性は

(ここは、おつゆか)

と、慌てておつゆを飲みました。

ツンツンツン

(ん、今度はおかずか)

男性は、おつゆのお椀を置くと、鮭に手を伸ばしました。

すると、

ツンツン

(えっ、合図が早いな、ご飯か)

鮭をごはんの上にのせました。

ツンツン

(わかったわかった、ご飯だな、ご飯)

男性は、ご飯をガツガツと食べました。

ツン

(え、おつゆ)

男性はすぐにお椀をとりおつゆを一口飲みました。

ツンツン

男性は、ご飯を食べ、

ツンツンツン

鮭に手を伸ばし、

ツン

すぐにおつゆを飲みました。

男性のその慌しい食べ方に、三人とも呆然と眺めていました。

女性は、ふと、両親の見ました。
とても驚いているようすです。

マズイ、と思い、何してるのよ、と男性を肘で突っつきました。

(えっ、ここでこばちか!)

男性は指で突かれたと勘違いして、こばちに手を伸ばしました。

すると、すぐさま、

ツンツン

と、ご飯の合図を受けたので、片方の手にこばち、
片方の手にご飯という状態になってしまいました。

「はぁー」

と、女性は思わず頭を抱えてうなだれました。

うなだれている女性を横目で見た男性は、

(あ、なんか俺、失敗したか)

と、思い、すぐに両親の顔を見ました。

両親は呆気にとられたような表情で、男性を見ていました。

男性は、静かに、こばちとご飯を置き、愛想笑いを浮かべて、

「あははははぁ、とっても美味しくて……」

と、口をもぐもぐしながら言いました。

少し、重たい空気がテーブルの上を流れました。

「あ、ぁ…………」

男性が冷汗をかいていると、

「いや、実に見事な喰いっぷりだ!」

と、父親が言いました。

男性と女性は驚いた表情で父親を見ました。

「男の人は、その位でないといけないな、なぁ母さん」

「そうですね、そんなに食べてくれると、作りがいがあります」

と、母親は笑顔で言いました。

「え、あっ、あー」

どうしていいのか分からない男性の横で女性が言いました。

「えっ、お父さん、お母さんいつも食事の順番とかうるさいのに、
 どうしたの?」

父親は笑顔で、

「あぁそれは、おまえが子どものころ、落ち着きなく、
 アッチコッチ手を出して好き勝手に食べるから、
 落ち着けるために厳しくしたつもりだが、それがどうした?」

「じゃぁ、他の人はいいの?」

「いいも、なにも、おまえだって大人になったんだから、
 好きに食べればいいさ」

「えーっ」

女性はびっくりした声を上げてから、

「なーんだーぁ!」

と、気の抜けた声を出して、
椅子の背もたれにどっと寄りかかりました。

「なんだとは、なんだ」

父親が困惑していると、

「ふーぅ」

と息を吐いた男性も、手をテーブルについて、
頭を下げてうなだれました。

「二人とも、どうしたの?」

不思議そうな母親に、女性は理由を話しました。

話しを聞いて、両親は大笑いしました。

「変な気をつかわせて、悪かったな」

と、父親は男性に謝りました。

「いいえ、とんでもありません、
 いや、逆に緊張がとけて良かったです」

「おわびのしるしだ、まっ、飲んで」

と、父親はビール瓶を男性に向けました。

しかし、男性は、それを手て停止し、
おもむろに姿勢を正して言いました。

「ところで、お父さん」

「どうした、急に」

父親は、ビール瓶をテーブルに置きました。

男性は、隣にいる女性を見ました。

女性は、男性の表情を見て、軽くうなずき、
姿勢を正し正面を見ました。

男性は、フーッ、と息を吐き、静かに言いました。

「娘さんと、結婚させてください!」

その言葉を聞いて、両親は背筋を伸ばして二人を交互に眺めました。

和やかだったリビングは、一瞬の緊張に包まれました。


と、そんなことにはお構いなく、ソファーに戻ったミーコは、
前足を思いっきりのばしてから、退屈そうに丸くなって眠りました。

少しの静寂の後、リビングには笑い声を交えた、
楽しそうな会話が始まりました。


おしまい。



今回のもとのお話はコチラ

福娘童話集『 引っ張り合図 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/02/26.htm



━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



☆ちょこっとHappy♪☆


大変だ! と自分は思っても、実はそれほど大変じゃなかった経験、
ありませんか?

今回の物語の主人公たちのように、大変だと思って、
いろいろと準備までして挑んだのに、
実は取り越し苦労だったということが結構あったります。

今回の場合、先に両親に聞いておけば、
こんな大変な思いはしなくて済んだハズです。

実際、大変なことって、そう簡単には起きないのかもしれません。
そもそも、簡単に起きないことだから、大変なこと、なのでしょう。

そうそう起こらないから、奇跡、と呼ばれるのと同じかも。

案外、大変なことは、奇跡的にしか起こらないもの、
なのかもしれませんね。


今日のHappy♪ポイント

『 奇跡的に起こるから、大変なこと、なのかもね 』


ご意見ご感想、お待ちしています(^0^)/


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