村に戻った青年は、すっかり落ち込んでしまいました。
顔を洗っても、食事中でも、羊を散歩に連れて行っても、
モリンとの思い出が頭をよぎります。
落ち込む青年の姿を見て、母親も村長も、
そして村の多く人たちが心を痛めました。
なにをやっていても、まったく集中できず、
青年は、家に閉じこもることが多くなっていきました。
意気消沈していた青年は、ある夜、夢を見ました。
草原の向う側から、モリンが走って近づいて来る夢です。
青年はモリンの首の辺りに抱き付きました。
再開を喜んで泣いている青年の耳に、
声が聞こえてきました。
「私はもうすぐ、あなたのそばに現れます」
「え? もう、会っているじゃないか」
「いいえ、本当に会えるのです。私と出会ったら、
私の体で、琴を作ってください」
「おまえの体で、琴?」
「はい、そして、ずっとそばに置いて弾いてください。
それが私の願いです」
「えっ、願い……、モリン、どうしたんだい?」
モリンは急に踵を返しました。
そして、振り向きもせずに青年から遠ざかって行きます。
「モリン、どこへ行くんだい、モリン、モリン……」
青年は夢の中でモリンを追いかけながら、
ゆっくりと目を覚ましました。
目覚めるとき、モリンの名前を呼んでいた感覚がありました。
「あれは、夢?」
と、ぼんやり思っている時でした。
“コン、コン……、コンコン……”
なにかが家の戸を叩いているような音がしました。
青年は布団から出て、薄暗い部屋を歩き、
家の戸を開けました。
「───モリン?」
そこにはモリンが立っていました。
青年は信じられない、と、目を丸くしてモリンの顔を見ました。
しかし、その顔は真っ赤に染まっていました。
目を凝らすまでもなく、モリンの体には、
無数の切り傷と、無情にも何本もの矢が突き刺さっていました。
モリンのキレイだった白い体は、血に染まり、
真っ赤に変わっていました。
「なんてヒドイ!」
青年は泣きながら、モリンの体に刺さっている矢を抜きました。
抜かれた矢からは、血が噴き出してきます。
青年はモリンの血を浴びながら、
慌てて血の噴き出るのを両手で押えました。
「大丈夫だ、大丈夫だ」
必死に傷口を押えている青年の頬に、
モリンは優しく顔をすり寄せてきました。
「こんな思いをさせて、ごめんよモリン」
青年は、片手で傷口を押え、
片手でモリンの頬の辺りを擦りました。
モリンは膝から折れるように、崩れました。
横たわったモリンの顔を、青年は抱えました。
「どうしたモリン」
青年は分かっていました。しかし、話しかけ続けました。
「元気になって、もう一度、草原を一緒に走ろう……」
モリンは、力なく青年の頬に顔をこすりつけました。
「自由に、誰にも束縛されずに、気持ちよく風になろう、
なぁ、モリン……」
青年の頬にこすりつけるモリンの顔から、
力が徐々に抜けていきました。
そして、静かに目を閉じました。
「───、モリン……」
青年は静かな動作で、力強くしっかりと、
モリンを抱きしめました。
「ごめんな、ごめんな」
青年は、モリンを抱きしめながら、何度も何度も謝りました。
「モリン……」
青年はモリンを抱え、しばらくその場にいました。
どのくらいの時が経ったのでしょう、
青年の近くに、一頭の馬が駆け寄って、
立ち止まる音が聞えました。
青年は構いもせず、モリンを抱きしめていました。
すると頭の上の方から勇ましい声が聞こえてきました。
「青年、その馬はおまえの馬か」
青年は答えませんでした。
勇ましい声は構わず続けます。
「その馬は、実に立派な馬だ。
おまえのところに帰りたかったのだろう、
何度も、城を抜け出そうとした。
その度に、王はその馬を捉え鞭で打った」
青年はハッと、目を見開きました。
勇ましい声は話を続けました。
「そして今夜も抜け出そうとして、走り出した馬に向けて、
王は『逃げられるくらいなら殺してしまえ!』と、
矢を放ったのだ」
青年はたまらず声の主の方へ、
悲しみと怒りで充血した目を向けました。
声の主の顔を見て、馬に乗っているのは女の兵士だと、
青年は気づきました。
女の兵士は馬から降り、青年の前に膝まづいて、
「申し訳ないことをした」
と頭を下げました。
青年がなにも言えずにいると、兵士は顔を上げ、
「さぞ、無念であろう」
と、青年をしっかり見据えてから、
「さすがに、私も、あの王には愛想が尽きた。
王が派遣したその馬の追手を倒し、私はここへ来た」
と言ってから、鋭いまなざしで低い声で言いました。
「おまえの無念、そしてその馬の敵(カタキ)は、
私が取ってやる!」
兵士は踵を返すと、乗って来た馬に飛び乗り、
「さらばだ」
と、言葉を残し、颯爽と走り去っていきました。
青年は、遠ざかる馬の後ろ姿を、
黙ってしばらく見つめていました。
青年は、今日も琴を弾いています。
大親友の馬の体で作った、うすい赤色をした琴です。
青年は優しい音を奏でながら、心の中でささやきました。
(あの後、革命が起こり、王様はこの世から追放されたよ。
おまえのおかげで、前よりも平和な世になった)
琴の音色を聞くために集まった村人たちの後ろに、
馬に乗った女性が、長い髪の毛を風に揺らしながら
静かに琴の音色に耳を傾けていました。
「国王そろそろ」
近くにいた者に耳打ちされ「ウム」と頷いた女性は、
「いつ聞いても良い音だ」
と、呟いて、音を立てないように
静かに馬の足を進め去って行きました。
夕日に包まれながら青年は琴を弾きました。
馬のたてがみを優しくなでるように、
静かに流れる琴の音は、
今日も村人たちの疲れを優しく癒してくれました。
おしまい。
今回のもとのお話はコチラ
福娘童話集『 スーホーの白いウマ 』
http://hukumusume.com/douwa/pc/world/05/05.htm
━━━ お話はここまで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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